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2017年3月

2017年3月31日 (金)

年度末:ハンナラシ終わり。岩下ほ場に融雪クンタンまき

■2017年3月31日(金)曇り、小雨

 
 午前10時より12時まで大岐センターでハンナラシ(行政地区総会)。朝より吸い物作り。ノギキリした豆腐、マイタケ、ホタテ貝、くきたち。1年間の義務役(輪番)が終了した。80歳代の母・父が各戸への配布物等をしてくれた。両親にはたいへんお世話になった。明日の午後1時すぎ、次の地区世話役の亨さんに引き継ぎをする。
 

 
 午後、ファーマーズカフェ大芦家へ。大学を卒業した須田雅子さんがおられ、卒業論文をいただく。『苧麻をめぐる物語 ~奥会津昭和村と沖縄県宮古・八重山の暮らしと文化」。
 4月中旬の午後3時、大芦家にてこの卒論報告会を開催する予定。
 
 午後2時30分から1時間ほど、岩下ほ場に昨秋手製した籾殻クンタンを散布。融雪をうながす。本来堅雪の時期なのですが、新雪が毎日降り続いたため、30cmほどぬかるため、カンジキを履く。
 
 明日は法事。
 
 
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  まだ雪が多い。120~150cmある。
 
 
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  大岐地区
 
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 自宅前も屋根に雪が届いている。
 
 
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   ノギ切りした豆腐。

   葬儀の場合は立方体(正方形)に切る。
 
 
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   ハンナラシで出す吸い物。
 
   このほか、800円の弁当が1個。会費は1名1000円。

   総会後、会食した。
 
 
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  岩下ほ場前
 
  農道除雪は行われていない。
 
 
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   岩下ほ場。カスミソウが雪下で眠っている。雪下越冬株。
 
 
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はんならし(版鳴らし) 行政地区(小字)の総会 年度末

■ 2017年3月31日(金)

 
 
 本日は、朝より、大岐地区のハンナラシ(総会)の準備。10時より13時まで。大岐センター。4月1日の新年度から世話役は北隣の亨さん宅になる。
 
 
 明日、4月1日は午後2時より、正月に亡くなったモト子姉(90歳)の法事。我が家の3件南隣の家にて。

 4月2日からの植物繊維調査行の訪問先照会。
 
 
■ 3月30日は午前中に通院。午後は会津図書館。三島町の広報誌の「町史編さん室たより」の4月号の原稿のゲラを確認で、担当のKさんが2回電話。
 浅岐地区の聞き書きで、初回は「炭焼き」のことを書いた。
 
 → 奥会津・三島町  (4月5日ころ?掲載)
 
 
■ トップページが新しくなった(横大画面、スマートフォンで閲覧する人が多くなりこの数年はこのような形状に)→ 奥会津・昭和村

 →  4月1日号の『広報しょうわ』  4月3日ころ掲載?

 
 
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■ 3月の台湾調査行の報告がはじまっています。土地の植物をどのように生かすのか? そして、それは、なぜ行われるのか? → 森のカスミソウ

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    からむし(苧麻)の発芽   台湾島 苗栗県泰安郷象鼻村にある野桐工坊 Lihang studio にて(3月16日撮影)

  からむしを定植したほ場↓
 

 
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 → ラミー製品
 
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 → 野桐工坊    →PDF4枚
 
 
 尤瑪達陸/ユマ・タルー(タイヤル族工芸作家)
 弗耐瓦旦/ブナイ・ワタン(タイヤル族工芸研究家)
 苗栗県象鼻村で、染織工房である野桐工房を主宰。
尤瑪はタイヤル族の伝統的な織物を継承しながら、新たな創作活動も行う原住民族工芸作家の第一人者。弗耐は自らも工芸品を作成しながら、工芸創作の過程を映像で記録する映像作家でもある。
 
 

2017年3月30日 (木)

人生のかすみ草

■2017年3月30日(木)

 
 
 
 
 
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  根元が腐食しているので、この部分を切ってから、持って撮影してほしかった。
 
 
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      ウクライナの展示会のエスメラルダ社(エクアドル)の出展ブースのカスミソウ
 
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2017年3月29日 (水)

漂流民・漂着民

■2017年3月29日

 
 
① 伊波普猷『をなり神の島1』(平凡社 東洋文庫227、1973年)
 57頁から「朝鮮人の漂流記に現れた 15世紀末の南島」(初出『史学雑誌』昭和2年7月5日)
 
 
② 池内敏「漂流と送還」(『岩波講座 日本歴史 第20巻 地域論』(2014年)
 
 
③ 橋本雄『偽りの外交使節 室町時代の日朝関係』(歴史文化ライブラリー251,吉川弘文館、2012年)
 
 46頁、博多商人の宋金。偽使創出のパイオニアとして、室町前期の博多商人や博多の禅僧(臨済宗大応派や曹洞宗など)。大蔵経を入手。
 真使(完全に真正であり、派遣者の意図どおりに人が移動し、外交文書がもたらされるもの)、
 準真使(外交文書は本物であるが、使者がすりかわったもの)、
 準偽使(使者は本物であるが、外交文書がすりかえられたもの(書き替え・改ざん)、
 偽使(使者も外交文書もはなからニセモノであるもの。使節の派遣名義が架空のものや、そもそも関与がない場合も)。
 
 159頁、第一波の経営主体は対馬勢力。第二波のそれは博多商人。1470年が画期。
 
 
④ 橋本雄『中世日本の国際関係 東アジア通交圏と偽使問題』(吉川弘文館、2005年)
 
 105頁から「琉球王国と博多商人 新四郎の関係」は、1479年の済州島人漂流民の送還(『朝鮮成宗実録』十年六月乙未条)。
 
 80頁から琉球使リストが掲載されており、進物は捕虜、漂流民で、回賜品は白苧布・黒麻布など。大蔵経。苧布、麻布、人参。
 
 
⑤ 松浦章 『近世 中国朝鮮交渉史の研究』(思文閣出版、2013年)
 
 
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⑥ 関西大学東西学術研究所資料集刊十三-三『寛政元年()土佐漂着安利船資料-江戸時代漂着空船資料集三』(関西大学出版部、1989年)松浦章
 
 
⑦ 関西大学東西学術研究所資料集刊十三-四『文化五年土佐漂着江南商船郁長發資料-江戸時代漂着唐船資料集四』(関西大学出版部、1989年)松浦章
 
 
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⑧ 渡辺美季『近世琉球と中日関係』(吉川弘文館、2012年)
 140頁から「中日の支配秩序と近世琉球-「中国人・朝鮮人・異国人」漂着民の処置をめぐって」
 
 169頁の注(3)で、送還の対象となり得たのは漂着した人々であるという観点から著者は一貫して「漂着民」の語を用いる。
 
 
 

奥会津・三島町の中世遺跡の発掘調査

■2017年3月29日(水)

 
 これまで、奥会津・三島町の教育委員会が圃場整備や道路改良工事の事前の発掘調査を行ったものは次の通りである(調査報告書による)。
 
 
①三島町文化財報告第9集 埋蔵文化財報告書Ⅳ 『西方下館遺跡 奥会津山ノ内一族 中世の館 農免道路開設に伴う発掘調査』(1989年3月20日発刊)
 
 
②三島町文化財調査報告第12集 埋蔵文化財調査報告書Ⅵ『元屋敷遺跡 奥会津山ノ内一族中世の館Ⅱ ほ場整備事業に伴う発掘調査報告書』(1992年3月刊)
 
 
③三島町文化財調査報告第13集 埋蔵文化財調査報告書Ⅶ『上ノ山遺跡 奥州南山・山ノ内一族中世の館Ⅲ  地方特定道路整備工事(主要地方道 会津若松~三島線)に伴う発掘調査報告書』(1998年3月)
 
④三島町文化財調査報告書第15集 埋蔵文化財調査報告書Ⅷ『稲荷原遺跡Ⅰ 只見川左岸河岸段丘 縄紋後期の遺跡 宅地造成に伴う緊急発掘の調査報告書』(2001年3月)
 
 
⑤三島町文化財調査報告書第19集 埋蔵文化財調査報告書ⅩⅡ『西方下館遺跡Ⅱ 王中南山山ノ内一族中世の館関連Ⅳ 国道400号改築工事に伴う発掘調査報告書』(2005年3月)
 
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  ⑤の後期として調査担当者の小柴吉男氏は次のように書いている。
 動乱の中世期、奥会津地方の歴史を示す、一級の文献史料は皆無に等しい。あるものは玉石混淆の物語的編纂物で、当然のことではあるが、そのまま歴史の真実と認めることは勿論できない。がしかし、これら地方に伝わる物語的文献を、史料的価値のまったく無い荒唐無稽のものとして、捨て去ることは、地方の中世期を生きた人々の痕跡さえも抹消しかねない危険性を胚胎するものである。
 この地区の中世の調査に当たって、私はいつもこれらの文献中に、砂中に真珠の玉を求めるような思いで調査の手掛かりを求めた。
 
 (略)
 
 終稿に当たって私事ではあるが、当地方の『郷土史学』の碩学 山ノ内為之助教授が、かつて私に教示してくれた、『奥会津中世史』の門前にようやく辿り着くことが出来た思いがする。道はまだはるかに遠いが、記して教授の学恩に合掌して後期としたい。
 
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 三島町名入の小柴吉男氏は2010年9月16日に亡くなられています。→ 三島学フォーラム 荒屋敷遺跡 漆とものづくり文化」PDF
 
 
 
■ 只見町文化財調査報告書 第18集『黒谷舘跡発掘調査報告書 経営体育成基盤整備事業『中朝日地区』に係る発掘調査報告書』(福島県只見町教育委員会ほか、2013年9月)
 
 
 渡部賢史氏による発掘調査。
 
 
 
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■水澤幸一「中世日本海域からみた地域性・境界性」『日本海域歴史大系 第3巻 中世篇』(誠文堂、2005年)
 
 268頁。貿易陶磁器は、国内に競争相手がいないので、全国に流通した。
 
 琉球から博多を経て、日本海を駆け下り、小浜から京都へいく荷も多かったであろうが、そのままさらに北をめざした船もまた多数あったであろう。もちろん瀬戸内海を経ていくルートを否定するものではないが、そのルートが貿易陶磁器の主要ルートとなるのはおそらく十六世紀に入ってからである。
 亀井明徳氏がいわれるように、十五世紀前半代に貿易陶磁器が全国から出土しなくなる。空白になるという現象は、日本海沿岸についてはあてはまらない。
 十五世紀代は日本海沿岸で最も多く貿易陶磁器が搬入される時期である。
 それが、十六世紀中葉以降になると西日本に集中し始め、東日本太平洋岸へもかなりの量が入り始める。青磁から青花へ、瀬戸美濃大窯の二段階以降、漆器組椀の成立以降にあたる。これは日本海沿岸よりも一世紀ほど遅く、畿内の守旧性が撃ち破られ、ようやく日本海側の生活様式にシフトしたといえるかもしれない。
 
 しかしそれは自発的なものではなく、「金銀比価がすごく変わってくる一五四〇年代以降、銀の買付けに瀬戸内に明船がどんどん入ってきた」(脇田晴子、1986,106頁)ためである。
 
 同じころに起こった寧波事件を考え合わせると、貿易陶磁器の主要ルートから外れていた瀬戸内地域が、大内・大友・河野といった瀬戸内の入り口を扼する勢力によって堺の飛躍的発展に象徴されるような流通ルートを築き上げたものと考えられる。それによって、日本海沿岸への貿易陶磁器の流通量は激減する。
 
 
 269頁。「風炉」貿易陶磁器は、高価なものもあるが、大多数を占めているのは椀皿類であって、支配階級にとっては消耗品であり必需品とは言い難い。それが太平洋側であまり出土しない理由でもあろう。
 彼らが求めたのは、身分を再生産するために必要な器物である。室町期の陶磁器でいえば、青白磁梅瓶を代表とし、青磁酒海壺・大香炉・大花瓶といった古き良き鎌倉を象徴する器物である。室町期に新たに加わるのは、茶壺の類と元様式の青花袋物などがある。私はここに、中世後期の瓦質風炉を加えるべきと考えている。(略) 少なくとも風炉類は、茶釜を有する階層のみが必要とするものであり、奈良火鉢は貴族に納入される性質のものであった。
 
 
 275頁。「方形居館」
 方形居館を幅広い堀(概ね五メートル以上)と高い土塁に囲まれた方形を基調とする領主館を指すものとする。この居館の出現は、東国では十四世紀末から十五世紀前半を中心とする(略)。十五世紀中葉は山城が恒常的に維持されていく時期にあたり、城郭史研究における大きなエポックと重なる。
 この方形居館は、前川要氏が提唱された居館の規模によって守護→国人領主→家臣団という序列がみられるという「方形居館体制」を具現化したもので、在地秩序を反映しているものと考えている。(略)
 土器儀礼の存在、土器を媒介とした身分秩序の再生産は、方形居館体制の要である。したがって見かけ上、方形であっても、儀礼を示す土器皿の大量出土を伴わない場合は、その体制(室町将軍を頂点とする体制)に組み込まれてはいないということになろう。
 
 277頁。「戦国期論」
 中井均氏によれば、戦国期の城館の在り方には、次の四種が存在するという。
 ①山城に恒常的居住空間をもち、山麓に居住空間をもたないもの。
 ②山城に恒常的居住空間をもち、山麓にも居住空間をもつもの。
 ③山城に恒常的居住空間をもたず、山麓に居住空間をもつもの。
 ④山城に恒常的居住空間をもたず、山麓にも居住空間をもたないもの。
 
 ①~③は、いずれも方形館を放棄し、地形に沿った居館作りであり、実際的な空間構成。
 各地の守護館は①もしくは②となり山城に居館の機能の全部あるいは一部が移る。
 
 越後においては国人領主クラスの本拠地では、山城とともに山麓に館をもつという②③タイプが国人領主クラス以上に許されていた形態ではないかと考えられる。
 
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染付十字花文皿 新潟県白根市庄瀬 馬場屋敷遺跡、、、大凧(しろね)

■2017年3月29日(水)

 朝、始業時、新潟日報社より投稿掲載について連絡がある。

  明日、30日は通院。31日は朝より大岐センター(10時よりハンナラシ・地区総会)。4月1日午後は大岐の法事(もとこ姉)。
 
 4月2日より5日まで、植物繊維利用調査(天然繊維)。

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Photo
 
→ 4/1から 富山県福光麻布の会、、、

 
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■ → カスミソウ栽培の最新研究論文 出版年を新しいで見る
 

 
 
 
 
 
 
 平成28年度(一社)日本花き生産協会が受託した、農水省事業「日持ち性向上対策実証事業」の試験結果→ バラの日持ちは乾式2日、湿式7日。乾式横箱では実現できないという結果が出ている。しかし結果分析の結果は科学的ではない誤った結論を導いている。 
 
 研究というのは、先行研究の結果をまず調査し、検討する。
 そうした結果をふまえることが、研究の初歩であろう。
 そうしたなかで、新しい課題を発見し、解決策を考えるために研究は行われる。
 バラの日持ちに2~7日、5日の差が輸送容器により異なる結果が得られており、その原因究明もなされていない。
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■ 4月1日より、実質的に立箱荷扱料金の値上げとなる大田花き。→ プレスリリース
 
 
 
■ 3月28日(火)雨、みぞれ
 新潟県の旧・白根市の馬場屋敷遺跡の出土資料16世紀前半の中国陶磁(染付十字花文の皿)を見るため、資料が展示されているとなっている「しろね大凧(たこ)と歴史の館」を視察したが、出土物は新潟市西区木場のまいぶんポート(新潟市文化財センター)に移っており見ることができなかった。
 
 白根図書館で馬場屋敷遺跡、白根市史等の資料調査を行った。
 中国陶磁(中国で製造されたもの)が新潟経由で奥会津・三島町西方の元屋敷遺跡でも出土している。
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 夕方、三島町の山びこより『元屋敷遺跡』(中世、山ノ内氏)の報告書を購入。小柴吉男氏の調査・執筆。
 
 
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 左方、庄瀬地区の水田が馬場屋敷遺跡。
 
 
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 しろね大凧と歴史の館。新潟市南区上下諏訪木1770-1
 大凧はタタミ24畳分のおおきさ 
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 手でよった凧を引く綱。製作者個人名が年齢とともに書かれている。
 
 
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 原料はアサ繊維。 左より、長野・中国(輸入)・長野・栃木鹿沼産。
 1本の綱を作るのに50kgのアサを使う。重さも50kg。5年に一度は交換。13組がそれぞれに冬期間に製作する。1日3尺(約90cm)しか作れないそうだ。
 昨年、綱の原料として山形県大江町の苧麻(からむし)の根を移植し畑を経営している。アサのかわりにカラムシを利用したいという計画が進行している。
 
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 アジア諸国の たこ 凧 tako
 
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   木の葉、植物の葉で作った タイ国の凧
 
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 馬場屋敷遺跡(中世)
 
 
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 しろね図書館
 
 
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  新潟日報3月14日 投書 窓 アンギンの奥深さ再認識
 

2017年3月27日 (月)

大雪の春  会津三島 西方の元屋敷遺跡(中世)

■2017年8月27日(月) 雪


 大雪注意報、未明より大雪(湿った重い雪)になっています。

 
 28日は新潟県内の中国産青花磁器(染付)の皿14枚が出た遺跡・資料を見に行く予定。図書館で調べた。三島町西方の元屋敷遺跡で同様のものが出土している。中世。15世紀~16世紀。

 29日は上京、JFMAーMPSの会議に出席。

 30日午前、通院。
 
 31日午前10時、大岐センター 地区総会(はんならし)。

 4月1日午後2時、大岐法事。

 その後、不在予定(出張)。
 
 
 
■ 3月26日午後、会津坂下での福島県中世史研究会11名。学ぶことの多い例会でした。
 次回は38回例会6月11日。

 
 
■ 26日の中世史研究会で柳井壽彦先生の報告のなかで引用していた文献を探して、27日の午前、雪の降る中に会津図書館へ。

 『福島考古 第35号』(福島県考古学会、1994年)の西山眞理子「南陸奥の焼物は何を語るか? 福島県内における15・16世紀の城館跡出土陶磁器から」。会津三島町の西方の元屋敷遺跡(1992)の分析が行われている。


 飯村均『中世奥羽のムラとマチ 考古学が描く列島史』(東京大学出版会、2009年)116頁。三島町の元屋敷遺跡の出土品の分析をした西山眞理子氏の研究成果が引用されている。
 

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 『福島考古 第20号』(福島県考古学会、1979年)に「三島町下居平遺跡出土の土器」を古川利意先生が書いている。1972年8月21日の記録。大石田。
 
 
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『会津藩家世実紀 第3巻』(歴史春秋社、1977年)の518頁から。「家世実紀 巻之五十七」天和元年(1682)の記録より。
 
 

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  会津鑑
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   しろね大凧と歴史の館に展示。
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2017年3月25日 (土)

明日、会津坂下(中世研)

■2017年3月25日(土) 曇り


 
 原稿を書く。担当のK氏から2度電話あり。

 明日は会津坂下町中央公民館で福島県中世史研究会(午後)。
 
 
■ 台湾記 → 森のかすみ草


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  新太郎氏も退職。かつて、なかよしバンドで、バンジョーを担当(『マイペンライ』CD収録)。
 

2017年3月24日 (金)

大谷地区集落誌の執筆続く:常次郎氏の春夏秋冬

■2017年3月24日(金) 雪


 このところ吹雪が続き、時折曇り、また雪。
 
 三島町史の集落編の執筆を毎日夜に行っている。聞き書きノート、関連文献、調査ノートなどを見ながら、集中して終日行っている。大谷地区を400字で100枚(4万字)をようやく書いたが、まだ終わらない。今後、継続して書く。間方についても。昨年に浅岐については概要を書いている。
 
 
■福井県勝山市での はたや研究フォーラムで、金沢城調査研究所の本田秀生さんから教えていただいた書籍(古書)が今日、届いた。イラクサとは奥会津でエラと呼ぶ、ちくちくしたとげを持つ山菜。石川県の白山麓では繊維原料ともしている。

 
 朝日新聞金沢支局『常次郎氏の春夏秋冬』(朝日新聞社、1986年)

 (213頁)イラクサ 5月上旬、谷川のほとりの低木の傾斜地に、5~10本が株になって生えている。長さが10センチくらいのときはアスパラガスに似ている。先端に葉が1,2枚出始めたころの茎を折って採る。
 茎や葉に細かいトゲがあって、刺されるとチクチク痛いから注意する。
 やはり、その日のうちにゆで、水をきったあと、翌朝に簀(す、すのこ)の上に広げ、手返しをしながら2日かかって乾燥させる。
 ゼンマイなどと同様にビニール袋で保存できる。
 乾燥させたイラクサはまる一昼夜、水にひたして戻し、5、6センチに切って煮しめにしたり、クルミあえにして食べる。切り干しダイコンといっしょに煮つけることもある。
 
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(58頁) 7月から8月上旬にかけて、茎の堅さを見極めながら、カマをふるう。この時期に刈るのは、おもにスゲ、オロ(アカソ)、イラ(ミヤマイラクサ、エラ)の三種類。

 スゲは沢水がいつもぬらしている岩盤の急斜面に自生する。カマを腰ひもに差し込み、崖地をはい上がって刈る。
 
 オロ(アカソ)は低地の川沿いに多い。

 イラ(イラクサ)は石ころ混じりの荒れた斜面で育つ。
 
 それぞれの草を求めて一ヶ月半近く、山を歩く。

 繊維質が強くなる夏の間に集め、乾燥させてアマ(天井裏)に保存する。

 だれがどこで刈るかは暗黙の了解で区分けされていた。隣村へ踏み入って刈るのはもちろんご法度だった。どの家も冬仕事の材料を、自生している植物から特徴をつかみ、半年近くも前から確保しておくことが不可欠だった。「たかが草」とはとてもいえないほど重要な位置を占めていた。


 スゲは乾いているとワラより弱いが、水にはうんと強い。だからワラジやエゴ(腰カゴ)、セナカアテ(背負いかご)など、身につけるものに編み上げられた。縄になうと軟らかく、炭俵をしばるのに使われた。
 
 オロとイラは皮から繊維をとり、糸に紡がれた。畳のタテイトになるオロは、貴重な現金収集源のひとつだ。
 サックリ(作業着)にも、アサに混ぜて織られた。

 イラは繊維が太くて長く、家族の衣類に変わった。

 オロのサックリは、ひと夏もたないのに、イラは強くて毎日、山仕事に着続けても、1、2年は十分、ていねいに着れば、7、8年は保つ。常次郎がいまも愛用している紺のサックリは、14年前に亡くなった母の手織りである。

 朋子さんは昨冬、イラを糸にし、それを手機で織り上げて、ついに反物に仕上げた。毎年、12月に開かれる小原出身者の寄り合いに顔を出し、ばあさま連中から手順をひとつひとつ聞いて、覚えた技術である。数年がかりの「伝統」の継承だった。
 
 その技術は根気との勝負である。

 まず、茎の皮から繊維質を取り出すことから始まる。大なべでスコップ1杯の木灰とともに半日、煮続ける。十分、軟らかくなったところを、今度は冷たい水でさらし、アクをとる。それを石の上で1束ずつたんねんに、クモの糸ほどに細い繊維だけが残るまで、木づちでたたく。
 
 一着分に親指と一差し指でつかめる束が、ざっと300束は必要だ。

 この重労働に10日。さらに、この繊維をこよりをよる要領で極太の毛糸ほどに「のべる」のにさらに10日。それを手機にかけて二日後、やっと1反、仕上がった。

 常次郎氏の母親は毎冬、こうして少なくとも5人分のイラの反物をつくってきたという。

 「身近にあるものを、生活のなかにどんどん生かしていく。ジイ(父)もバア(母)も、山の人間はすごい知恵を持っていたと思う。しかし、それは貧しさの裏返しかも知れん。アサだけのサックリなんて、ぜいたく品じゃったもん。それだけのアサ畑すら、なかったんじゃからね」。小原では多い家で10アール、少なければ2、3アールほどのアサ畑しかなかった。

 
 常次郎氏は、春から初夏の山菜採りの時、よくこういっていた。

 「適期に摘んで、蓄えておかんと、山ではとても冬は越せん」。

 草刈りも同じこと。真夏にはや、冬の厳しさがのぞいている。

 
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 昭和34年(1959)離村、昭和42年 37戸水没。大日川ダム。石川県。

 1984年(昭和59)4月から1年間、朝日新聞の石川県版に掲載された。 


 
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 馬さんにいただいた南京豆(台湾産)。
 
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 女性誌月刊誌、旅本、地図などで大判と小さな判が同時発売されている。
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2017年3月23日 (木)

3/26(日)福島県中世史研究会(坂下)、、、   井上円了(大正時代)

■2017年3月23日(木) 昭和村は今日も吹雪。


 本日は小中津川の診療所。役場、苧麻倶楽部(使用申請)。


 3月22日の昭和村は終日吹雪で新雪が10cmほど積もる。 

 
■会津みどり農協かすみ草部会通信11号がファクス配信にて着く。会場は中向しらかば会館。

 4月13日(木)10時より、平成28年度通常総会

 5月17日(水)午後1時より、平成29年度出荷会議および全体会議(卸市場来村)。


 4月4日(火)午前10時より、昭和村農林水産物集出荷貯蔵施設(雪室)運営協議会(農協昭和支店)。
 

 
■ 22日の午前9時から13時まで、小野川センターにて行政区の総割。大岐世話役として出席した。散会後、大岐地区の各戸訪問し「出し」「取り」の集金・配金。春の早朝の冬囲いはずし、11月の公共物冬囲い、冬の公共物の雪降ろし(大岐センター)等の出役人足の出席・欠席の調整が総割。この地区版は3月31日の午前10時より大岐センターでハンナラシ(版鳴らし)が行われる。その案内書も配布した。
 
 22日の午後6時30分から7時30分まで、下中津川の昭和村公民館で文化財保護審議会。委員全員5人出席。事務局は村教委、からむし振興室2名。
 
 
■ 審議会後、委員の本名信一氏(下中津川村名主家)所蔵の東洋大創設者の井上円了の来村講演時の資料群を持参されたので、閲覧する。一級資料。
 
 
■ 3月26日(日)午後1時、会津坂下中央公民館で、第37回福島県中世史研究会例会。参加する。
 
 2008年3月30日に開始された本研究会は年に4回ほど開催されている。

 今回は郡山市の垣内和孝氏が「向羽黒山城と蘆名氏」で、会津本郷にある著名な山城について研究史をふり返りながら課題について言及される。現在、会津美里町教委が発掘調査・保全作業を継続している。
 
 会津坂下町で中世研の事務局を勤める柳井壽彦先生は「会津南部の城館跡について」で、中世の横田山内氏、河原田氏、長沼氏の城館跡の発掘調査が行われた三島町、只見町、下郷町の検討をされる。

 資料は3月中旬に到着している。
 
 
■ 22日の新聞によると県教委により、会津若松市にある福島県立博物館の赤坂憲雄館長が再任された(2カ年)。平成15年から8期目。
 

 
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 井上円了 自筆の手紙

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 中国で亡くなったことを告げる新聞記事(同時代資料) 1919年・大正8年6月

 
 哲学者 → 井上円了

 
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2017年3月22日 (水)

ウルシの木の「木ザル」 奥会津・三島町間方

■2017年3月22日(水)

 
 本日は、午前9時、小野川センターで行政地区の総割。

 午後6時30分、下中津川の昭和村公民館にて昭和村文化財保護審議会。
 
 
■ 3月21日(火)午後、三島町宮下の町民センターにて三島町史編さん委員会が開催され出席した。会の終了後、参加委員の方から、間方の若林清之助さん(故人)が、ウルシの木を裂いて作ったザルを作っていたと教示されました。そして採取時期を選ぶことにより、かせる(かぶれる)ことは無い、ということ。

 帰宅して、蔵書をいくつか調べてみました。

 『第50回 企画展図録 愛編む民具』(栃木県立博物館、1995年・平成7年2月)の、
 
 36ページにありました。執筆は柏村祐司氏。1995年の2月5日から3月21日に行われた展示会の図録です。
 
「福島県三島町間方の木ザル作り」
 
 福島県の奥会津地方は、編んで作る民具の製作が盛んな所です。三島町では、こうした手わざを後世に伝えるだけでなく、町おこしにも役立てようと工芸館を設置したり、工芸品の販売などを手懸けています。この工芸館の展示品の中に漆(ウルシ)の木を裂いて作ったザルがあり人目を引きます。
 
 三島町の山奥、昭和村との境に間方という小集落があります。ここが漆木ザルの故郷です。若林清之助さんは、数少ない漆木ザルの製作者です。

 材料は、漆の木です。11月頃になり漆特有のかせるもととなる樹液がでなくなったころを見計らって伐採します。これを約6尺(180センチ)の長さに切り、さらに四つ割りにしてから年輪にそってナタをあて切り裂きます。幅は2センチ、表面を平坦に削ることもなく、そのままでザルを編みます。イタヤ細工に比べると漆木ザルは無骨ですが、荒々しいその姿は、まさに山の民具にふさわしいものがあります。
 
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 35ページの写真75 漆の木にナタをあて二つ割りにする。福島県三島町 若林清之助氏。
 
 38ページの写真84 ウルシキザル(漆木ざる) 福島県三島町 当館蔵 漆の木を裂いて作ったザルは、丈夫で長持ちする。


 
 → 2015年栃木の竹 菅家藤一氏
 
 
 
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    2017年5月14日、三島町浅岐若林  漆木ザル(ゼンマイ干し)
 
20170514dsc08282 2017年5月14日、三島町間方。
 
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  新鶴高尾嶺農園(菊地敏雄さん)のハウスのかすみ草。3月21日撮影。→高尾嶺農園のブログ
 
 
 
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 大沼郡三島町宮下 宮下町民センター。正面は役場、右が町民センター。
 
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昭和村大芦在住の須田雅子さん。京都造形芸術大学 芸術学コースの卒業研究懇話会(東京)での発表。
3月25日(土)15時〜
京都造形芸術大学 外苑キャンパス(最寄駅 信濃町)208教室
私は16:40頃から17時頃に、卒業研究『苧麻をめぐる物語ー奥会津昭和村と宮古・八重山の暮らしと文化ー』の要旨を15分ほど。
どなたでも参加できます。
 
 

2017年3月21日 (火)

歴史文化基本構想   赤aka,red の問題

■2017年3月21日(火) 曇り

 
 
 本日、午後は三島町。
 
■ 21日の午前10時57分、野尻中向のファミリリー・イン・美女峠の小林政一さんから電話がある。撮影した過去のからむし圃場の作業の写真を整理しているなかで、民話作家の松谷みよ子さんからの手紙が出てきた、という。まさいちさんは、民話採録で数回、同行したことがある。
 そのなかに、あさ(カラムシ)とふりがなをつけた出版物について、まさいちさんが照会したものの返信であった、という。採話地は東北北部の青森県である、という。「鬼と へそ玉」
 
ほらと河童と雪女―津軽=車力の昔話 (1979年) (日本の昔話〈16〉) 未来社- – 古書, 1979/1
北沢 得太郎 (編集), 鈴木 喜代春 (編集)青森県津軽半島西北部の、ほぼ半年を雪に埋もれつつ暮らす農村に語りつがれる独得な昔話を、古老の語りを生かし採話。表題は土地の特徴的な昔話を示す。
 
 
■平成23年に福島県で唯一、三島町は歴史文化基本構想を策定しすでに様々な取り組みが行われています。現在、西会津町でも同構想の策定中で報告会が行われます。 → 3月25日(土)午前10時より、西会津町野沢で、シンポジウム「そうだ、にしあいづ物語を聴きに行こう!」開催
 
 → 三島町の策定報告書はPDFで公開されています(138ページあります)。
 
 
■ 台湾の先住民族(台湾では原住民族と呼ぶ)の、赤 aka 色について、赤色の持つ意味について、考えていた。
 
 島根県大田市の白石昭臣が著した『畑作の民俗』(雄山閣、1988年)が、古書店より昨日に届いた。
 126ページ~ 血-赤の忌みに対して狩猟民は寛大であった  、225ページ~ に赤のシンボリズム(象徴)として記述がある。
 
 焼畑農耕民の火→赤の指標。
 
 動物の死は神の国へ、その霊を返すことであり、その共犠の血により、幸を受けるという論理は、焼畑の火→死→幸という転換、再生の論理に連なる。(略)
 焼畑農耕地区の山の神祭には、焼畑でつくる小豆(azuki)を供物とし、小豆のみの団子や小豆飯、あるいは赤飯のような赤色の食物を儀礼食とするなど、赤を重視する例が多い。
 今回の調査で、孫氏より聞いたなかで、カラムシの繊維をひも・縄として編み制作したカゴ類は、女性が触ってもよいが、一度、動物の血(つまり狩猟や首狩で使用した後)がついたものは、女性は触れてはいけない、という。
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  糸にする前の、からむし繊維を煮て、揉んで、打つ(奥会津ではアサの前加工で行われている)。台湾タイヤル族(現在)。3月16日午後、台湾象鼻村 野桐工坊での動画より(弗耐・瓦旦 Baunay・Watan氏 撮影編集動画)。
 
 
 
 
 
  → 動画の記憶
 

2017年3月20日 (月)

雪崩(nadare)の時期

■ 3月20日(月)晴れ


 午前9時から11時30分まで21名(委任状9、計30/40全軒)の出席でオオアザ(大字)総会が行われた。大岐世話役として1年がもうすぐ終わる。

 

■ 3月21日(火)午後、三島町宮下の奥会津書房の遠藤由美子さんに、台湾の馬藍さんからの届け物を。午後3時30分より宮下町民センターで三島町史編さん委員会に出席。

 

■ 3月22日(水)午前9時、小野川センターにて行政区のソウワリ(総割)に出席。それを受けて31日の午前10時に大岐センターで大岐地区のハンナラシ(総会)。

 午後6時30分より昭和村公民館にて昭和村文化財保護審議会に出席。

 

 

 
 
 
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 大岐 ohmata
 
 
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  下岩 simo-yuwa の雪がコケル kokeru (雪崩)と、雪は降らなくなる。俚諺。
 
 
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 屋根のペンキ塗り
 
 
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  古峯神社の代参くじ。
 
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オオアザ総会(小野川行政地区)

■2017年3月20日(月)

 本日は午前9時より、昭和村小野川センターにて行政区の総会。
 
 
■3月19日(日)晴れ→雨。
 
 石川県小松空港から羽田空港、新幹線で郡山駅。自動車にて会津に帰郷。
 たまった新聞、封書等を読む。
 
 予約していた本が届いていた。
 
 工藤雄一郎 歴博編『さらにわかった 縄文人の植物利用』(白泉社、2017年3月25日刊、2500円)。ほぼカラー版の読みやすい一般書となっているが、内容は新しい事実が多く記載されている。特に、アサやカラムシ、アカソなどの事例や、編組品の新しい材料の同定が進んでいることがわかる。
 
 
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新刊『さらにわかった!縄文人の植物利用』のお知らせ
定価:2700円(税込)
新泉社 2016年3月25日刊行
工藤雄一郎・国立歴史民俗博物館/編
A5版 全212頁,フルカラー図版
<目次>
はじめに【工藤雄一郎】
1縄文時代の前半期ってどんな時代?−1万6000年前から6000年前まで【工藤雄一郎】
2縄文時代の低湿地遺跡─鳥浜貝塚が教えてくれること【鯵本眞友美】
3鳥浜貝塚から見えてきた縄文時代の前半期の植物利用【能城修一】
4編組製品の技法と素材植物【佐々木由香】
5 8000年前の編みかごから何がわかるのか?─佐賀県東名遺跡【西田巌】
6東名遺跡と三内丸山遺跡のかごを復元する【高宮紀子】
7縄文のかご作りに刃物はいらない?下宅部遺跡の4000年前の編みかご【千葉敏朗】
8下宅部遺跡と正福寺遺跡のかごを復元する【本間一恵】
コラム① 下宅部遺跡第八号編組製品の復元画について【工藤雄一郎】
コラム② あみもの研究会が復元したかご【小林和貴】
9鳥浜貝塚から半世紀─さらにわかった!縄文人の植物利用─【鈴木三男】
おわりに【工藤雄一郎】
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 小松空港。さすがに産地県の金沢県。
 
 
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 18日に、勝山市(ゆめおーれ勝山)で購入した報告書3冊の本を読む。暮らしの布。
 イラクサが利用されている。

  『白山周辺の手織機「地機」とその地域性』(はたやブックレット、2013年、2016年2刷)
 
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 坂本育男氏(もと福井県立博物館)
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 池澤夏樹。
 
 
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 東京駅地下
 
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 3月12日、福島民報新聞より。伊勢麻、
 
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 大芦のタツノさん88歳の投稿。葉タバコ、カラムシを栽培された。
 
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  かすみ草の白。キク。キャプション(写真説明)にはガーベラの花をたむけ、、、とあるがキクの花をたむけ、の誤り。

2017年3月19日 (日)

福井県勝山市、はたや研究フォーラム(ゆめおーれ勝山) はたおり体験学習

■2017年3月19日(日)石川県小松市滞在

 
 本日は、小松空港から東京羽田空港に空路移動し、東北新幹線で郡山駅。そこから自動車で会津へ帰郷する。
 
 
 明日、20日は小野川地区の総会(行政区)。21日は三島町史編さん委員会。22日は昭和村文化財保護審議会。
 
 
■3月18日(土) 東京羽田空港から石川県小松空港に空路移動し、レンタカーを借りて福井県勝山市に移動。曇り。
 羽田空港の始発便は、機体の手当てができず、別な機体となり出発時間が1時間遅れたが、ほぼ満席。春の彼岸の連休のため空港も混雑している。手荷持検査も長い列。
 
 小松空港のレンタカー、そして福井県永平寺の看板を見ながら、勝山市昭和町へ。
 カイコ(蚕)の繭(まゆ)から、糸を取り出す製糸工場だった2階建て建物を保全したものが、今回の「はたや研究フォーラム」の会場である「ゆめおーれ勝山」。主催者の皆さん、および講演をされ、まとめ役をされた福井大学の東村純子博士。講師、受講者も弥生時代、古墳時代、近世、民俗学等の織物、機織等を研究、実際にやっている方が50名ほど参加された。
 博物館学のなかでも、調査・研究・公開・地域教育、つまり地域に開かれた博物館のあり方を、探求されている関係者が多く集まって、実践の経験を持ち寄って、機織の歴史をどのように子どもに体験、学びの場とするのか、事例を多く聞いた。
 会場の「ゆめおーれ勝山」も、繭玉を利用した加工体験、卓上機織の体験等ができるようになっている。日常の参加者は多い。地域が経験した生業の歴史を、機織(はたおり)を通して学ぶこと、そしてそれは他の地域との関係性があって成立してきたこと(弥生・古代・中世・近世・近代)。また高度成長期(昭和30年代)までの、近世から続く伝統日本の民俗文化を経験された地域在住の皆さんの持つ身体的記憶、、、、アサの糸を作る(糸績み)、機織の技術の伝承、自らの農作業のための衣類を手製していたことなど「たいせつな布」の存在を思い起こさせる。
 
 
 講演の3題は、織物の歴史、発掘調査で得られた事実、その道具復元、技術復元、そして体験を通して地域の基層文化を学ぶ、、、という事例であった。そうした研究の広域的な地域研究のなかに東南アジアの機織研究、、、、そして台湾に現存する輪状式原始機の事例研究、、、約2000年前の弥生時代に日本各地で出土する台湾の機織と同型のものの存在は、直状式ではない織道具が存在したおり、そして、日本国内では、現在まで続くいざり機(地機)が導入され継続している。
 こうした古い時代の植物繊維に、カラムシ(イラクサの仲間の苧麻)、アサなどがある。
 今回の糸作り(糸績み)の実演をされた地元の2名の女性の方(昭和9年生、13年生)はアサ糸の制作の経験があり、1名の方は横糸に野生のイラクサを採取して製繊し織り込んだ経験があるということでした。話からミヤマイラクサか、採取時期から考えるとアカソの可能性があると思えましたが、いずれ後日に再調査をする予定です。
 
 
 
 
 
〇基調報告 東村純子さん(福井大学国際地域学部講師)
  「弥生時代から現代につなぐ麻糸・麻布づくりと腰機
  ~アジア諸国の事例から~」
〇報告1 下濱貴子さん(小松市埋蔵文化財センター主幹)
  「弥生時代の機織り(輪状式原始機)復元と活用
  -八日市地方遺跡出土事例をもとに- 
〇報告2 辻川智代さん(滋賀県立琵琶湖博物館特別研究員)
  「滋賀県の機織り研究と地機の復元・活用」
〇フォーラム 昔の糸・布づくりの技を未来へ伝えるために
  福井・石川・滋賀の弥生時代以来の糸・布づくりの実演・解説
  糸紡ぎ体験学習の紹介
 
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   機内 B777-200
 
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  ゆめおーれ勝山。絹の糸を取り出していた工場で20世紀末に廃業。それを保存・活用。
 
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  動力源はボイラーの蒸気。それをベルトで伝える。回転。
 
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   卓上機織の体験
 
 
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 勝山市内の地機
 
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  はたや研究フォーラム。アサを利用した糸つくりの実演。すぐれた伝承者・経験者が勝山市内におられる。岩山信子さん、西山はつ子さん(市内北谷町小原地区。白山の南西、滝波川の源流、標高500mの地域)。
 
 
 日本国内各地でも、こうした経験を持つ人々は存在し、聞き取り調査での記録は可能。   
 
 植物繊維をつないで、入れる容器(オボケ)は、奥会津のものより、ひとまわり大きい。そして、昔は、実際に、もうひとつ小さな容器があり、それには裂いた繊維を入れたという。それから取り出して、糸を績む。
 白い皿にある水。指先に水をつけて撚るが、唾液やいろりの灰も使用した、という。
 
 
 
 
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  東村純子博士の報告より
 
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   石川県小松市の遺跡出土の機織具。そして復元(クワの木)。
 石川県小松市埋蔵文化財センター主幹 下濱貴子 さんの報告より
 
 
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  滋賀県内のアサ衣類(手製)  テナシ(紺染め上衣)とヤマバカマ(きなり)
 滋賀県立琵琶湖博物館特別研究員 辻川智代さんの報告より。
 
   → はしかけグループ
 
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     フジ(藤)の繊維から糸を作り布に織った地域と、アサの繊維取り出し技法の連関について
 
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  弥生時代の布送具。2000年前。
 
 
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 東村純子博士の報告より  
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 水田稲作と機織道具。そして拠点集落から機織道具は出ているように思われる、という。
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 復元した紡錘車(木製、石製)
 
 勝山市出身・福井大学卒 織田(おりた)悠希さんの報告より。
 
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 からむし(苧麻) 滋賀県産
 
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2017年3月18日 (土)

田植えの意味  ta-ue no imi  からむし 苧麻

 ■2017年3月18日(土) 東京 羽田空港 第2ターミナルビル。北陸、石川県小松空港行の始発便を待っている。昨夕に届いた携帯電話宛の航空会社ANAからは機体調整(変更)のため事前受付・座席指定が無効になったことを知らせていた(skipスキップというサービスの停止)。

 夜に予定機を変更したことが確定し、新しい自動振り分けによる座席指定番号がメールにて通知してくる。予定通り8時の出発で機体のみ変更となった。小松空港でレンタカーを借りて、県境を南下し福井県の大野町大野の はたや研究フォーラムに参加する。機屋、である。仏教・曹洞宗の大本山の道元の永平寺の近く。奥会津は曹洞宗が多く、我が家も近世・江戸時代から曹洞宗の末山の博士山(妙典山)大乗寺の檀家である。役場の総務課長で昨年春に定年退職し、この2月に出家した下中津川阿久戸の舟木幸一氏の修行する曹洞宗の寺のあるのも福井県。戦後日本の米(水稲)の品種銘柄のトップであるコシヒカリを生み出したのも福井県の県農業試験場であった。現在は米品種は多様化しているが、福井県の仕事の意味は大きい。その試験場内で、花卉栽培の講演(私のカスミソウさ栽培・生産の品質管理)を私に依頼され、行ったことがある。隣県の金沢市で行い、その後、福井県で行った。
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 3月12日から17日までの6日間、日本列島弧の南西に連なる台湾島を思索しながら歩いた。その西には地球上で最も広大なユーラシア大陸(中国)がある。私たち日本人の思考は国境を反映して与那国島までの沖縄県のサキシマ諸島、八重山諸島(石垣島、宮古島)までへの思考しか日常的には行えないように訓練されている。日本の書籍、論文構成がそうなっている。
 与那国島から3000m級の高山を抱える台湾島は肉眼で見える距離である。
 
 この1週間に自分の目で見て、気づいたことを記しておく。 
 
 
 
 日本国の本州島の奥羽(東北地方)の南域の会津戦争で明治時代が始まる(明治元年9月)。その明治政府は琉球国を併合し、日清戦争後、台湾島をも併合し統治下にした。北海道のアイヌ民族も同じように明治政府の統治下で、この3つの諸民族が行っていた入墨(いれずみ)を中止させる。
 台湾の日本政府(台湾総督府)は、10余ある台湾先住諸民族の伝統的機織りも禁止する。そして山岳地帯から湿地帯に強制移住させ水田開発に従事させる。
 写真に残る明治生まれの機織り女性らは、顔に入墨(いれずみ)をしているが、その人たちが千年来の伝統機織りの伝承者であり、1945年の日本の敗戦後に、台湾の先住民族(現地台湾では原住民族と呼ぶ)の文化復興のなかで、中心を成す人々は明治時代生まれの人々で、そうした人たちを祖母に持つ青年らであった。
 
 私は1959(昭和34)年生まれで57歳。父母は昭和7年、8年の生まれ。私の父方の祖父母は明治時代の生まれ、私の少年時代に同居していた曾祖母は明治8年生まれでカラムシ、アサの生産・製繊維・糸作りをしている。祖母は糸作り機織り。父母は畑の作業でカラムシ、アサの栽培を昭和40、50年代まで行った。
 
 台湾でも同じように、私と同じ世代が1945年以降の経過のなかで、自らの郷里の人々の文化の象徴としてのカラムシ(苧麻)織からはじまり、栽培への遡及を行っている。どこも同じだが、栽培とは農業のことである。そのため現代社会では農業は中心的な産業(生業)ではないため、農業、土から離れた生活が文化的である、という理念から、土、農という生業は多くの人々の中心的なものではない。
 
 一方で、手仕事(日本でいうクラフト運動、生活工芸運動を含む)は、現代人の精神を開放(解放)し、「健康のための人生」にとっては不可欠なものになりつつある。それはヒト(人類)の原初的形態、手を使う意味への回帰、発見となっている。
 その次に、農的生活、つまり地球の大地と、どのように関係性を保つのかという主題に回帰することになる。手仕事が扱う素材は地球の山野が育てた非栽培物であるが、生産管理が行われ(林業的な)、それが販売物になっていく流通ルートが創設されると、原料不足がはじまり、農的な栽培が行われる。その際、土地(畑)の意味が大きく意識される。
 
 台湾で、畑は山田というように表現している(文献上)。諸民族が母語で、畑をどのように表現しているのかは、今後の渡航調査で行う予定だが、焼畑、常畑、あるいは作物の輪作など、手仕事からの原料生産地としての自己認同(アイデンティティ)は、地域性を伴うから、それは暮らす地域内での畑の存在が大きな意味を成す。
 日本の現状では、米(コメ)と言えば水田ということになるが畑作地の関東平野・武蔵野台地でも同じだが、畑に稲(イネ)が植えられていた。陸稲(おかぼ)である。山に田を拓きイネを植えたという通訳を聞くと、水田耕作を行ったような印象を受けるが、畑を拓いて陸稲を植えたということがわかる。今回のタイヤル(泰雅 atayaru)民族は山田でカラムシ(苧麻)の跡に稲を植えた、と語る。
 
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 3月13日、台北市の都市部から鉄路で西域の桃園市に移動した。その際、車窓から水田が見え始める。小区画の水田には水が入れられ、シロカキが行われ、田植えを待つ状態のものが多く、一部に植えたばかりの稚苗が弱弱しく見える。田植えがはじまった、という状況で、奥会津でいえば5月の中旬である。
 
 3月15日、国際空港のある桃園市から南路、台湾高速鉄道(新幹線)で台中市(台湾島中域の西部)に移動すると、すでに水田は青々(実際には緑色)としたイネが水面から20cmほど伸びた状態で風になびいている。奥会津でいえば6月の風景である。
 
 さらに南下すれば台湾南部では、同一圃場(水田)で、1年間に3回のイネの栽培が行われていたが、現在は減反政策のため2回に抑えられている。台湾島、日本の九州島等も同じだが、水田で稲を1年間に2回栽培することが通常的に行われている。
 このイネの第一回目の植え付け時期が、カラムシ(苧麻)の定植時期になっている。収穫も通常カラムシは台湾島では3回でその植物幹は長い(1m超え)。日本の沖縄県の八重山諸島では住宅周囲の畑で5~6回の収穫が行われ、それは短い(0.6m)。
 収穫適期は、利用する状態により要求が異なるが、台湾島の場合は、日本の奥会津(昭和村)の事例に近いように思われた。成熟前の繊維(柔らかい、裂けやすさなど)、求められる品質により、用途により、収穫時期は異なる。それは繊維(植物の)成熟度をどのように見極める指標を持つのかによる。布用の場合、紐や袋、網袋を製作するための繊維か、強度か繊維自体の長さか、、、によっていると思われる。
 
 
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 地球上の博物館等に残された台湾先住民の衣装類が、調査され、復元作業を通じて、織の復元等が行われている。そうした後に、素材生産の段階に入っている。
 先住民のカラムシ(苧麻)生産は、明治時代から1945年までの日本統治下で、かなり異常な工業的原料生産として行われているため、その技法の多くをどのように考えるかは、今後の調査・研究が必要となっている。
 一方で、台湾島の苧麻栽培関係者は、中国大陸のカラムシ生産の拠点の湖南省等の栽培事例(大規模生産、機械化、品種開発の近代化)の視察・調査も行われている。そうした調査事例の写真を拝見する機会にも恵まれた。
 このような事例から視察訪問者の一人は、「私たちの選択はふたつあり、大陸の大規模な苧麻生産を知ったことで苧麻栽培を中止するか、継続するかのどちらかである」と語られた。しかし継続する道を選択された、という。その際、継続する意味は、やはり祖先が行ってきた栽培事例の研究と究明と、現代的な合理化栽培という創始を含み、そのなかで、苧麻が繊維生産の作物だけの狭い有用植物ではない、という発見になっているではないか?と私は感じた。苧麻繊維の生産で中国大陸と競争しない道を、植物自体の持つ多様な価値、それには徳島県の木頭の太布生産で行われているような「生きがい作り」も含まれている(今年になり徳島県の伝統的な太布生産(カジノ木)が日本政府の民俗文化財に指定された。それは商品生産ではなく、生きがい・健康維持が目的)。
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 振り返って見ると、固定した考え方で、奥会津の苧麻生産・栽培について聞き書き(インタビュー)を行っていることに気づく。質問したことに回答されたことが、その全体像ではないため、質問の項目、仕方を変えることが求められる。そして、帰郷後すぐに、数人の古老を訪問して、日本での事例について話を聞くことにした。それは行われなかったのではなく、聞かなかったから話さなかったということが、いかに多いことか。カラムシ繊維の加工技術は、現代的な意味での統一技法が、過去のものではなく、現在の規格に求められる品質により統一化(画一化)したもの、、、、、それはカラムシだけでなく、植物素材の編み組技法でもみられる多様性の欠如、、、、に、私たちの思考法が拘束されていることによる。
 遺跡から考古学的な調査法により発見される遺物には、現在の技法では解明できないことが多い。素材についても同じである。
 
 未完(菅家博昭 述)。 
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  台湾島 北西部 桃園市 3月13日 シロカキ(代掻き)した水田、田植えがはじまった水田。
 
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  3月15日、台湾島 中部 台中市付近の水田
 
 
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 3月16日、台中市北東域の水田 
 
 
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  2017年3月16日、午後、菅家博昭撮影。台湾島の大安渓流 象鼻村 野桐工坊。
 8穴×13穴(104本)のプラグトレーに播種された苧麻。
 
 播種後、3週間ほどで発芽しているようだ。露地で管理されていた。
 野桐工坊では、苧麻栽培班と織物班があるようで、男性が栽培班を構成しているようでした。また関連し、域内の苧麻栽培農家も15軒まで増やしているようです。
 
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 台湾苧麻、赤芯種。
 
 
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2017年3月17日 (金)

帰国

3月17日、無事に日本国の羽田空港に着きました、台湾で多くの皆様と人類と苧麻ーカラムシの関係について考えることができました。感謝いたします。特に設定ー案内ー通訳の馬藍さんには全日程同行していただきました。ありがとうございました。

 
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    荷物を預ける。
 
 
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 1個20kg以内。2個合計。
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 松山空港(台北) の2階の展示品。本の出版、編集、装丁。
 
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  2冊の本を読んだ。布農、泰雅。
 
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   羽田空港の荷物受取所
 
 
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   麻薬探知犬。
 
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  羽田空港
 
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  手荷持の自動預け機。欧州では日常的に見られるものが羽田空港にも。第2。
 
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苧麻全植物運用的価値。泰雅民族ではガリー galiy カラムシ(苧麻)

■2017年3月17日(金) 台湾島から日本に移動

 
 午前5時に宿を出て、空港に向かい、7時台の航空機で出国。東京へ。明日早朝に福井県勝山市へ移動し、「はたや研究フォーラム」。弥生時代の機織りの研究会(東村純子博士)。
 
 19日遅く、帰郷予定。20日は、小野川地区(行政区)の総会。
 
 4月4日10時に雪室運営協議会が開催される、という連絡(協議会総代は昨年9月に辞任しているので、今回が最後)。
 
 
 
■ 3月16日(木)は雨。台中市の宿を9時10分過ぎに出発。鄭さんの運転する自動車で。トヨタの4WD。視察後、午後5時30分に台中駅(高速鉄道)まで送っていただく。その後、18時32分発で台北駅に19時33分着、宿に。
 
 台湾島の西北域の山岳地帯である苗栗県泰安郷象鼻村にある野桐工坊 Lihang studio を訪問し、泰雅民族の伝統衣装展をYuma Taruさんの説明で1時間、昼食後、PPT(スライド写真、Baunay Watan さんの制作による動画等)で、これまでの活動をうかがった。また工房近くの集落内のカラムシ畑も案内いただき拝見した。種子を散布してカラムシを増殖する、株分けで増やす、の二通りを行っている。
 
 栽培規模は我が家の30倍。現状では台湾島の苧麻の赤芯種を基本としている。
 
 
 多様なカラムシの利用を検討されている。また多くの新しい知見(民族的、創意的)。
 タイヤル民族では、苧麻 tu-ma ツーマ(からむし)のことを、ガリー galiy と呼ぶ。こうした呼称について、他の意味、社会的な転移使用は無い、とのこと。
 
 赤の色を出す植物根茎の利用(染織)の話の延長の関連で、赤の色の衣服を着て畑の種子を蒔くことはしない、ということをはじめてうかがった。
 
 
 
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  野桐工坊
 
 
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  からむし  苧麻  ガリー galiy
 
 
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 古い道具に共通してみられる穿孔  
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   接合部を認識する片側のみにつけられる刻み目文様
 
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 桃園国際空港ターミナルビルの壁面装飾プロジェクト
 
 
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 ■ 象鼻村のユマさんの野桐工坊(工房)で国宝級の民族史料が展示されている。2月19日から4月までの2か月間。
 象鼻村は、ダムの堰堤を渡り、山の中の小さな村。金山町の本名ダムに似たダム本体堰堤の上が道路になっている。
 
 象鼻村は、私の昭和村小野川地区の大岐集落のような規模の村でした。大岐は8軒。
 
 

2017年3月15日 (水)

田野採録 余錦虎 布農人。カラムシはLiv リブ と呼ぶ。

■3月15日(水) 曇り 台中市

 台湾島の北部より高速鉄道(新幹線)で台中市に到着した。布農族(ブヌン族)の機織りについて話をうかがった。実際の織も拝見した。高度な綾織りの技術であった。なぜ、軽い織箱を使用するのか、その意味もわかった。ちなみにかつての布農民族の住居は石の板(スレート)で葺かれていた。周囲にあるものを使用するといっても屈葬立位(たてかん)の墓箱も石である。
 
 そのなかで、余錦虎氏の作成した1993年の『布農織布文化』を見る機会があり、この資料が制作された背景に感動した。余氏は若く、すでに亡くなられている。
 
 
 明日は、著名な機織り技術者を訪問する。
 
 
 
 
 
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  なんと、カラムシ 。 ブヌン(ブロン)語で、kan  la  mis  カラミスとは、根を探す、根を掘るという意味。
 植物としてのカラムシ(苧麻、ツーマ)は  liv  リブと発話する。
 
 
 
 こうした記録を残されたのが余氏である。
 
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   布農族の機織り伝承者の施菊花(スー チー ファ)さん。
   その伝承系統図。現在、布農族の機織りができるひとは5人ほどしかいない、という。
 
 
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(上)伝統芸術系列03 LIMA 『原住民女性伝統芸術』 中華民国102年3月刊  文化部文化資産局。版元は台中市。255元。
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(下)   
 
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  李天送氏。
 
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  石葺き(スレート)の家。布農族。
 
 
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  台湾島の布農族の織箱。
 
 
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  多綜絖(そうこう)
 
 
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   綜絖別に番号を付与している。
 
 
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固有文化とタイムトラベル(時間旅行)の心得

■2017年3月15日(水) 台湾島4日目

 
 本日は、台湾島北部より中部域に移動日。12日に到着した日は夏のような気温、しかし13日、14日と雨で寒い。昨日は12℃の日中で雨天。野外作業用の雨合羽(かっぱ)を着用しての日中室内であった。長靴も防寒に役立った。
 
 
■3月14日(火)は、朝8時20分頃?に宿を出て、乗用車の後部座席に乗り10時に台湾島北部山岳地帯の集落に到着。そこで午後5時までカラムシ(苧麻)の糸作り、整経、根の掘方等を学んだ。社会人の生活工芸教室の生徒さん(20歳代の青年)が8人、私たちのグループが7人の15人で行動した。暮らしのなかで生かされているカラムシ生産・加工の技術を学んだ。
 
 台湾語(中国語)を時折、日本語に通訳してもらうほかは、作業工程の観察。繰り返し出てくるコトバの記録、後に聞く。とくに先住民の呼び名(植物、道具、行為)にこだわって観察し質問した。
 
 参与観察(調査)は、現地の固有文化を変えてはいけない、、、、そのように留意している。わかりやすく言えば、過去の時間にさかのぼり時間旅行(タイムトラベル)したときの作法と同じで、現地の固有文化が変化するような発言や行為をしてはいけない。
 また、現在の知見で、目の前で行われている作業行為を判断してもいけない。自明となっていることが、現地では別な意味を持つことが多いからだ。
 特に今回興味深かったのは、植物繊維のあく抜き行為(灰汁で煮る)が日常的に行われていることに、日本の奥会津等での繊維扱いと異なる点で、その灰汁のもととなる植物・樹木の適正、他の植物(加食植物)のあく抜きを行うのか、、、、という点に留意した。相対的に日本は加食植物のためのあく抜きが多いが、台湾では加食植物のあく抜きをたずねると、カタツムリを食するときに行う程度で、山菜や山の果実の利用では、このときには回答がでてこなかった。過去にどうだったのかは民族誌等で後日に調べなければならないが、現状の認識では、少ないということがわかった。現在に聞いたこと、観察したことが古来からのそのものであることも、よく考えなければならない。近代以降の日本の占領が影響していることも十分に考えられる。
 
 そしてあく抜き、揉む、洗うという行為が糸づくり前、糸づくり後、布になった後でも洗うことが行われていることに注目した。これはカラムシで行われている、という事実で、八重山諸島(日本)のきぬた(砧)打ち、、、、に通底すると感じた。日本列島弧でいえばアサ扱いの文化に似ている。もっともコヌカ、そば粉等を使用して柔軟にするためのもの(日本)で、台湾島の少数民族のいくつかでは灰汁で煮る、またコヌカでも煮るということが行われている。
 
  原料を育て、採取し、自ら加工し製品にしたてる場合、素材の加工にはかなり柔軟に持っている技法を駆使する、逆に言えば、必要な品質を求めることのための技術体系(応用)がある、ということで、奥会津の昭和村のような原料そのものを商品とする(外見、キラという光沢)場合には、その商品の価値が、素材そのものの加工しない価値で表現・出荷販売されるので、そうした商品の製造法(繊維取り出し法)は、かなりの技術的制限を受けていることが理解できる。
 自家用で糸に、布に織り上げる場合にはもっと異なる技法があってよい、それはアサの加工で行われているが、それをカラムシに応用することが見られないことが、かなりの素材の魅力を生かせない原因になっていると思われた。
 
 たとえば台湾島のある先住民の場合には夜露に濡らし天日で干すという作業が日常的におこなれていて、これは山形県のモガミ(最上)苧や米沢苧で行われ、共通しているが昭和村では室内での陰干し(影苧)で、かなり異例な技法である。
 
 
 昭和村の技法が標準ではない、ということを考えておく必要がある(出荷規格等も)。
 
 かなり異例な技法を持つ産地が、現存した、ということは、逆にいえばそうした産地だから残れたということでもあり、しかしその意味は、将来ともそうした形で残るのか?ということにはならない。
 
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    おととし、2015年産の台湾島の北部山岳地帯の畑で栽培したカラムシ(苧麻)。左は繊維を取り出したもので、その後、灰汁煮、もみ、水洗い後が右のもの。これを割いてつないで、糸にする。
 
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    カラムシを挽いた(割丸竹)ものは、一単位がカラムシ2~3本の繊維をくくり、それを20束でまとめたものが写真のもの。
 
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   灰を指につけながら糸績みする。
 
 
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 左の手のひらにからんで糸ができたもの。この後に紡錘車で撚りをかける。
 
 
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  紡錘車の軸にまかれた撚られた糸。これをつぎに、枷(かせ)に巻く。
 
 
 かせの巻き方はかなり特殊な技法で、指を使っている。 
 
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 整経。はたのべ。
 
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   綜絖(そうこう)を作りながら、整経する。かなり技術的には高度でみていても理解が難しい。
 
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  急傾斜地のカラムシ畑。斜度は60度?、立っているのがやっとの斜面。
 
 
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  カラムシの根の掘り取り。利用する部位と捨てる部位の教示。芽の有無を見ている。
 
 

2017年3月14日 (火)

用途に合わせた繊維取り出し技法 ツーマ tu-u-ma(苧麻、カラムシ)

■2017年3月14日(火) 小雨(12℃~20℃)、台湾島滞在3日目

 
 本日は、午前8時15分出発で、山岳地帯へ移動。天候は昨日より雨。様子を見ながらのカラムシの定植作業の予定。孫先生の教室の生徒さんたちと。
 
 
■ 3月13日(月) 雨。
 台北市内は朝から雨。正午に馬maさんと翁wengさんが滞在宿ロビーに来られ、数日後に再来するため黒スーツケース1個はここに預け、出発する。鉄道で移動し、午後4時に桃園市の宿に荷物を置き、孫先生の工房へ。ここには2泊する。
 
 生徒さんが5名、一人は弓織yumi-ori、それ以外は、割いた竹を削る作業をしている。
 植物繊維の各種実物、台湾先住民の織箱を2種。タイヤル(泰雅)族(丸太を切り抜いた)のものは重さが重要で織技法も異なる。
 樹木をくり抜く、それ以外の棒類も樹木を削って成形し、割れを防ぐ端末加工が巻き付けで行われている。腰に固定する布巻具は日本の弥生時代の遺跡から出土するものと同じ形状で合わせ口の装飾がある。
 そして合板で製作されたブヌン(布農)族のものは竹製の道具がつき軽さが特徴で織技法も異なる。箱の開口部は先に向けて設置している。
 
 
 機織は女性の仕事で、機道具は男性が触れることはできない。一方、漁網を編む道具での編み類は、男性の仕事で、袋類を作る。南部の諸民族は男女の別は薄れ、誰でもこの作業をしていたようだ。
 先週、新潟県長岡市でアンギン(編布)研究100年展、および講演会を聴講したが、アンギンは山に行くときに着用する上衣で、それは男性が製作するものである。性差がある。
 
 
 
 植物繊維取り出し道具の新しいもの(復元)は、指に6角形とした竹筒と金具装置の付いた木製道具、台湾島南部の民族のもので、孫先生の祖母などが使用した形状という。
 こうした道具類、台湾島の場合は基本的には竹類を刃として利用しているが、いずれ手に持ち使用する。こうした形態は台湾島の東の八重山諸島での貝類を利用した苧麻(カラムシ)の繊維取り出し技法につながっている。環境にあるものを利用しているが、いずれ手に持って使用する。そして九州島に行くと、オコギ箸(ハシ)といわれる2本の細竹を使用しての道具となる(おもにアサ類で使用)。これは本州島でも使用される。
 『秋山紀行』でアカソを引く角材の台を使用し、金具つきの道具を使用するような古例、現在の福島県昭和村で行っているような薄い板を重ねて使用する道具設置型のもの、、、とは系列が異なるように見える。
 
 紐(ひも)を作るための繊維取り出しは、カラムシ(苧麻)を伐って皮をはぎ、すぐに製して撚(よ)る、、、加工する。できあがったものを水浸、あるいはあく抜きをする、等、その繊維の硬さを利用して加工しやすい時期に利用する。
 成熟、未成熟の繊維(いわゆる成長段階のいつ、採取するか)については織物用(女性が機織りで使用する繊維)は、植物の長さが重要で、採取繊維の割きやすさが大切で、そうした時期・手法を用いる。
 用途の繊維に合わせた生育ステージでの採取時期、道具が選択されている。
 
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  今回はじめて見た形状の繊維取り出し具。
 
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  指にはめて使用する。
 
 
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 カラムシ3種。使う道具により仕上がり具合の違い。左は織物用の竹使用で繊維化。
 
 
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  100年前のタイヤル族の織箱。木をくり抜き製作されている。重い。
   手前の箱は復元で棒類は竹製。軽い。ブヌン族が使用する形状。
 
   このほか、太い丸竹を使用するもの、1枚の板を使用するもの等が知られている。
 
 
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  タイヤル族の木製棒類。
  機織り具。
 
 
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   タイヤル族の布巻具。文様が合わせ口の方向性を視認できるようになっている。日本で出土する弥生時代の道具も同じような模様が片方だけに付けられている。
 
 
 
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  腰に装着する帯。布巻具をこれで固定する。これはラタン(籐)製。
 
 
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  織箱の補修
 
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  穿孔が2か所。織箱。
 
 
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  タイヤル族の織具
 
 
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   ブヌン族の織具。竹を使用。
 
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  弓織機。帯を作る。
 
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  台湾の先住民族による編み具の違い。使用する手の持ち方も異なる。
 
  漁網を作るように、袋類を製作する。
 
 

2017年3月13日 (月)

書局(書店)

■2017年3月13日(月) 台湾島2日目

 
 2日目は、台北市の西30kmの桃園市に鉄路で向かい、ここを拠点に2泊する。国際空港がある都市。
 
 3日目、14日はフィールドワーク。しかし雨天が予想され、気温も10度低くなる。
 
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■11月に来た時の宿の大通りをはさんでの向かいの宿(中級)に泊っている。台北市の宿は13時にチェックインでき、12時がチェックアウト(退出)。東京だと14時から15時に入室、11時が退出)。
 古い宿でテレビが薄いデジタルの壁掛け式になっているところのみ新しい。ソニー製。
 そういえば台北市内の松山空港は、到着して歩く通路には蝶の絵、お茶の缶、天井には蝶の形をしたつりさげが装飾している。入国カウンターに降りるエスカレーターのところから日本の日立の洗濯機等の壁面広告が続く。なお軍用空港併用のため写真撮影は禁止されている。出国場所には2つの自動カウンターがあり、事前に申し込めば、パスポート、指紋をスキャンして対人査問されずに入国できるようだ(利用者はある)。
 
 入国ゲートは、パスポートのチェックのほか、顔(ひとみ)の撮影、両手の人差し指の指紋認証機械にて記録がとられる(アメリカなどもこのような仕組み)ので、時間がかかるため、長蛇の列になっている。バッゲージ、航空機の貨物室に預けたスーツケースが出てくる回転台には、たくさんのスーツケースがまわっており(入国審査待ちで時間がかかっているため)、すぐに受け取り、ターミナルビルを出る。台北市内の無料の折り畳み地図(中国語、英語、日本語等)をカウンターで入手。(両替は日本で行っている)
 
 空港からタクシーで宿まで向かったが、タクシーはすべて黄色の車体。今回、はじめて近代的な大型書局(書店)に行ったが、雑誌よりも書架に単行本がたくさんあり、椅子に座って読んでいる人が多く、座りきれない人は、床面に座り込んで読んでいる人がとても多い。これまで(11月)に市内にある書店(旧来の)では、そうした光景は無かった。
 
 新しくビル内に開業している書店は、店内レイアウト、見せ方も重心が低く、すっきりとして見やすい。また新しく刊行されている本自体も、バランスがとれ、漢字を使う文化がたいへんに洗練されている。同じように地産地消的な農産物・加工品のパッケージも美しく機能的である。
 
 
■ 少数民族関係の本は見当たらなかったので、明日の午前に大学街で8時30分から開館している専門書店に行く。昼には午後からの今回の旅程すべてを案内していただく馬さんと合流する。今回の荷物は重く(38kgを2つのスーツケースに分けた)、それをどのように運搬するのか(歩きも多いため)を考えている。
 
■ 日本標準時と台湾島の時差はマイナス1時間。携帯電話は出国時に海外使用と手続きしたので、このまま使用できる。時差も自動で調整する。帰国したら解約する。
 カメラの日時はマイナス1時間の設定をせずに、このまま使用する。
 
 
■ 宿の客室はWi-Fiが無料で使用でき、チェックイン時にネット接続のパスワードが書かれた紙片をもらう。なお、インターネットラジオ(ラディコ)は海外のため受信ができない。
 
 
■ 台湾島は室内の電源コンセントは日本仕様で100ボルト。
 
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 空港のチェックインは2時間30分前から。ディスカウントチケットのため事前の座席指定ができないため、3時間前から並んだ。インターネットで直接購買すると事前に座席予約ができる。荷物を2個(38kg)スーツケースを預ける。1個20kgまで。
 
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  羽田空港国際線ターミナル
 
 
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  タクシーの課金メーター
 
 
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  日本の原研哉のデザイン本の中文(中国語、台湾語、漢文)訳。
 
 
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 生花店
 
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 最後の活字工  
 
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   自分で取る?セルフサービス。有料。
 
 
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2017年3月12日 (日)

台北市 建国暇仮日花市

■2017年3月12日(日) 台北市滞在

 
 午後に台北松山空港着。その後、宿に荷物を置いて、市内建国南路1段の花市(小売り)を視察。露店市。気温25℃。曇り。夕方はTシャツでは肌寒い。
 
 満天星、カスミソウは50元から100元(200円から400円)。
 
 宿はWi-Fiがフリーのためブログを更新。
 なお航空機内の3時間半の時間は、三島町史集落誌の執筆。近世『間方覚書』(間方村古記)の解説と解釈。特に逃散について。一揆の形態である逃散、間方でも肝煎(名主)が16竈(世帯)を連れ越後に逃れる。加藤氏による年貢高率への抵抗手段で、会津地域から多数の人が流出した。
 持参した資料を見ながら、ノートに手書き。4万字を1週間でまとめ、帰国後にパソコンで入力する。
 
 
■ 13日は、馬藍さんと合流し、午後に桃園市に移動。タイヤル族の織を見る。14日がカラムシの定植作業の体験および取材・撮影。
 
 
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カスミソウ(満天星)
 
 
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 小さなガラス花瓶にカスミソウ花が入った商品を購入した子供。たいせつにてのひらに。 
 
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  雪梨
 
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予定通りに出国へ

3月12日 曇り。予定通り羽田空港国際線ターミナルでチェックイン、出国、搭乗口着。午後には台湾島。


2017年3月11日 (土)

羽田着、12日早朝、出国。

■ 2017年3月11日(土) 羽田空港近くの宿に到着。12日の早朝に予定通り出国する。

 

 

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   会津若松

 

 

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 JR郡山駅13番ホーム 東北新幹線 上り

 

 

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 モノレール 浜松町駅。

 

 

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   羽田空港 国際線ターミナルビル

 

 

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 2016年11月から、購入し、読んだ本。

 

2017年3月10日 (金)

3/11河原田盛美を調べる(神奈川大学 横浜キャンパス)

■ 3月11日に開催されます。南会津町の伊南より河原田宗興さんも出席。→ 国際常民文化研究機構 第1回共同研究フォーラム「河原田盛美ってだれ?!―会津出身水産官僚の軌跡から地域振興の視点と活動を考える―」開催のお知らせ

 
 
2017年3月11日(土) 10:00~17:40 参加無料・事前申し込み不要
 
横浜キャンパス1号館308会議室
 
【趣旨説明・活動軌跡】
高江洲 昌哉(国際常民文化研究機構共同研究(奨励)代表、神奈川大学外国語学部国際文化交流学科講師)
 
【パネル報告】
・「沖縄物産志」から考える河原田盛美 / 中林 広一(神奈川大学外国語学部国際文化交流学科助教)
・河原田盛美による水産改良―水産巡回教師としての知識と方法を中心に― / 中野 泰 氏(筑波大学准教授)
・山陰の水産殖産興業と河原田盛美 / 伊藤 康宏 氏(島根大学生物資源科学部教授)
・河原田盛美の地方からの殖産興業 / 増田 昭子 氏(法政大学沖縄文化研究所国内研究員)
・河原田資料から見た、河原田盛美と沖縄の関わり / 小野 まさ子 氏(沖縄県教育庁文化財課)
・伊藤圭介から田中芳男に引き継がれた天産物研究構想 / 土井 康弘(神奈川大学工学部講師)
・鳥取の珊瑚細工について / 大嶋 陽一 氏(鳥取県立博物館主任学芸員)
 
【コメント】
 
[ゲストスピーカー]
田﨑 公司 氏(大阪商業大学経済学部経済学科准教授)
河原田 宗興 氏(南会津町教育委員会)
石田 正子 氏(河原田盛美 子孫・資料管理者)
 
【総合討論】
[司会]
泉水 英計(神奈川大学経営学部国際経営学科教授)
高江洲 昌哉(神奈川大学外国語学部国際文化交流学科講師)
 
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会津三島の桐(kiri)

■2017年3月10日(金) 雪。降雪は新雪で20cm。3日連続の本格的な降雪。

 昨日まで、2016年(平成28年)の農業の決算・確定申告書の提出が終わる。
 三島町集落誌の原稿4万字(400字詰め原稿用紙100枚)にとりかかる。昨日に町史編さん室にて川合氏と打ち合わせた。新しい資料も拝見(蝋 ろう に関する)。3月25日が締切。昨年(2016年)は浅岐について1月2月までまとめ、今回は間方・大谷について。
 
■ 3月9日(木)は、雪のち晴れ。昭和村佐倉からむし織りの里の、いわゆる織姫体験生の制作展(3月24日に修了式)をみたあと、三島町。宮下の奥会津書房(遠藤由美子編集長)、午後に名入の会津桐タンス株式会社の板橋部長。農文協の松原喜一さんをその後、JR会津若松駅に送る。16時発の磐越西線、郡山乗り換えで帰京された。
 11日に上京、12日に渡航するため、野外調査(長靴、雨具)等の荷物をひとまとめにしてスーツケースに入れて、9日の夕方にヤマト便の会津若松営業所より、空港まで送る。撮影機材は今日パッキングしてもうひとつのスーツケースに入れて、今日10日に空港宛に送る。座席指定ができないディスカウントの旅券のため、12日は早朝に空港のチェックインし出国(1週間)。先住民の苧麻(からむし)栽培の圃場の定植作業の取材と体験(14日)。
 帰国後、すぐに福井県勝山市に行き、福井大学の東村純子博士が講演されるはたや研究フォーラム-麻の糸・布と腰機-に参加したあと19日の夜に帰京。20日は小野川地区の総会に出席(大岐世話役)。
 なおはたや研究フォーラムで講演される石川県小松市の下濱貴子さんは、奥会津の金山町の中川・宮崎遺跡(弥生時代の再葬墓)の出土管玉・土器等の分析について協力されている。その論文は設楽博巳・周東一也ほか「福島県金山町宮崎遺跡再葬墓出土弥生時代玉類の産地分析」、『福島県立博物館研究紀要第30号 2016』
 
 
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この冬、道の駅三島から宮下駅まで、歩いている姿をよく見かけます。 →台湾で話題 只見川第一鉄橋   → 三島町に只見線ファン、台湾から、、、、  → その2
 
 
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 昭和村の道の駅、からむし織りの里
 
 
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  かすみ草(植物)を利用した染織
 
 
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  クサモチのシミモチ。
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  三島町の道の駅の2階の桐展示場
 
 
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  奥会津書房
 
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  会津桐タンス
 
 
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2017年3月 9日 (木)

3月8日は吹雪に、、、、

■2017年3月9日(木)

 農文協の松原喜一さんとの2日目。午前昭和村から、三島町へ。
 
 
 昨日、8日は終日吹雪で日中の新雪も20cmほど積もりました。積雪深は150cmに逆戻り。寒さもあります。
 11日に上京、12日から1週間ほど渡航。野外作業(からむし定植)があり雨天が予想されるため雨具(カッパ)と長靴をスーツケースに入れ、空港まで事前送付。
 
■ 3月8日は予定通り、会津田島駅より昭和村へ。圧雪・新雪道路。ファーマーズカフェ大芦家で、松原さんと、日程打合せ。午後1時30分、佐倉のからむし織りの里(博物館、ジバタ講習会視察)。午後3時30分、中向の美女峠の小林政一さん(カメラマン)。
 
■ 確定申告書の作成がようやく終了(9日提出)。
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■購入した本が2冊届く。
 
 山路勝彦『台湾タイヤル族の100年』(風響社、2011年)の397ページから438ページに「蛇行する<原住民工芸>タイヤル族の織布文化、脱植民地化とモダニティ」。2005年から2009年に仁愛郷などを調査。関西学院大学教授。
 
 
 日本順益台湾原住民研究会編『台湾原住民研究概覧 日本からの視点(縮刷版)』(風響社、2005年)
 
■日本では、アマゾン(インターネット受発注の)の商品を配送しているヤマト運輸が、値上げをしなければ対応が難しいことが2月から話題になっている。すでに大手の佐川急便はアマゾンの配送から撤退し、日本郵便(もと日通ペリカン便)とヤマト運輸がアマゾンの輸送を行っている。
 人件費高騰、激務(時間指定、不在再配達等)、、、、輸送が日本の国内輸送の弱みとなっている。
 
 
 
 
 
 
 
 
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2017年3月 8日 (水)

オミヤ(御宮)の軒の雪堀

■2017年3月7日(火)曇り、吹雪

 
 午後から吹雪になった。大岐のオミヤの軒先が雪で埋まったので掘る。
 
 午後3時、柳津町の便利店(家族商店)で、『まんが道 大解剖』を購入。その後、野尻の小林弥吉さんに声かけられる。偶然にお会いした。2月に、出家し福井県に行った昭和村役場総務課長であった舟木幸一氏の話題となる。
 
 
■ 明日、3月8日(水)は午前10時41分に会津田島駅。農文協(農山漁村文化協会、現代農業など出版)の松原喜一氏。その後、昭和村へ。午後1時30分、佐倉のからむし工芸博物館。その後、3~4時に野尻中向のペンション美女峠に小林政一カメラマン。
 
 9日は、朝、昭和村から三島町へ。11時、奥会津書房に遠藤由美子さん、山びこ等を訪問。

 
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■ 会津盆地の圃場ではかすみ草栽培の準備がはじまっています。

 
 
 
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 サンエイムック『まんが道 大解剖』(三栄書房、2017年4月13日発行) 907円
 
 
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  大岐の昼。この後、吹雪に。
 
 
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 大岐のオミヤ。やまのかみさま。漢字表記だと大山祇(おおやまずみ)神社となる。集落の人びとは「おみや」と呼ぶ。山の神を祀(まつ)っている。
 
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  雪を掘り、軒を出す。
 
 
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    1年つとめた、おおまた世話役(小野川行政区)も3月末で、交替。1年ごとの輪番。
 
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   後方が博士山1482m。手前が オ・アタゴ・さま。
 
 
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   父・清一は小屋の屋根にペンキを塗る準備の足場を35m鋼管で立て始め。
 
 
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  水量が増え始めた。雪どけ。  滝谷川。
 
 
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  十日町市立博物館の滝沢秀一さんから贈られた資料。「チジミ(縮)調査メモ1」1983年作。1988年4月受け。
 
 
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 1988年4月21日発、昭和村生活文化研究会、菅家博昭から会員宛文書。
 
 
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  からむし焼き、と呼び表記する。大沼郡昭和村の書面。
 小満の頃などとは言っておらず、「旧暦4月の中(ちゅう)の日をからむし焼きの日」。
 和文タイプで作成された昭和51年当時の文書。青苧栽培。菅家博昭所蔵。
 
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からむし調査のしかた、メモ

 
 
■ 今から30年ほど前の1988(昭和63)年4月24日に十日町市博物館で滝沢秀一氏に、はじめてお会いしカラムシのことについて指導を受けた。ちょうどトヨタ財団の第5回研究コンクール”身近な環境を見つめよう”の予備研究として昭和村の仲間3人(佐藤孝雄・舟木幸一・栗城定雄)と私で訪ねた。1986年、民族文化映像研究所が昭和村で『からむしと麻』の記録映画の撮影を開始し、1988年5月に完成した。撮影地の大芦では佐藤孝雄氏が「じねんと塾」を設け撮影スタッフの住居とし、一方の撮影地の大岐は我が家の両親と祖母が取材対象であった。こうしたなかで同所長の姫田忠義氏からカラムシの研究を勧められ、滝沢秀一氏に会うことになった。
 このとき、滝沢氏は秋山郷が好きと語られ、アンギンを追求されていた。「地苧(じそ)に対して、会津苧、最上苧などは質が良く績みやすい。縮布(ちぢみ)は績んでくれる人が安く買いたたかれて、崩れていく可能性がある。手間賃が取れれば別だが。カラムシの技術は、これからの手仕事を残していくうえで大きな問題になる。オクソの利用に注意してほしい」と言われた。この後、滝沢氏から「縮調査メモ」(参考資料1)という手書き資料を郵送していただいた(菅家博昭.1990)。これは調査の仕方として優れているので後段に掲載する。
参考・引用文献
菅家博昭.1990.「福島県昭和村におけるからむし生産の記録と研究」.昭和村生活文化研究会.255pp
 
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(参考資料1)新潟県十日町市博物館 滝沢秀一「縮調査メモno.1 縮調査のための目安」(1983年3月28日手書き、郵送により1988年4月下旬菅家博昭受理)
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 これは、縮(ちぢみ)調査を具体的にするための目安として、作ったものです。不明の点が多く、不備なものです。今後、調査をすすめながら、補充、修正してゆくことにしたいと思います。ここにあげた項目は「経験者がいる」「知っている人がいる」「用具がある」といった情報をいただくことを主として考えてのものです。しかし、みなさまのご存じのこと、お知りになったことは、是非お教え願いたいことは、もちろんです。
 何卒、よろしく、おねがい、いたします。
 
Ⅰ,原料精製用具
1,栽培・採取の関係
(1)苧畑を作った経験者、または、そのことを知っている人はいないか
(2)苧畑で使った用具など
   ・植え込みや植えかえに、どんな用具を使ったか
   ・オヤキに使った道具類、焼き方、焼け残ったものの処方
   ・肥料(下肥・堆肥など)をやるときの方法、用具
(3)風除けの柵(さく)の作り方、用具・材料
(4)刈りとりについて
   ・刈りとりの時は、いつごろとされていたか
     カラムシ、ヤマソ(野生カラムシ)、イラ、アカソなど
   ・刈りとりの道具(たとえば鎌なら、どんな鎌か)
   ・刈った苧の処理、運搬のための道具
(5)家に運んでからの処理・水に浸すときの用具
(6)ヤマソ・イラ・アカソなどの場合の処置と用具
(7)オゴイモチ(餅)について
   ・いつつくか、どんな餅か
   ・作り方、用具
   ・どこへ供えるか、また他家へも配るか、その時の用具
(8)その外にも、お祝いとか、信仰などがあるか
2,苧の精製用具など
(1)皮をはいだり、オカキ(オヒキ、オツキ)をした経験者はいないか
(2)皮のはぎ方、はいだ皮の処置、用具(水桶など)
(3)オカキをするときの用具類、使い方
(4)ヤマソ、イラなどをオカキするとき(たとえば自家用)などで、荒いとり方をする   ときの用具
3,苧について
(1)苧になったものの呼び方、製品
   ・産地による呼び方(アイズソ(会津苧)、○○ソ、××ソ、ジソ(地苧)など)
   ・原料による呼び方(イラソ・○○ソなど)
   ・品質などによる呼び方(オヤソ、カゲソ、ワタクシソ、フデソなど)
(2)苧を買うとき、売るときの用具、その人、市のこと
(3)苧の保存に使う用具(包装など)
(4)苧の利用(縮以外の利用)と製品など
   ・衣・食・住(建築儀礼)、農事、手仕事、年中行事、産育、信仰、祭礼、芸能、    結婚、葬儀、医療、まじない などの利用
4,その他
(1)苧を掻いたあとのクズの利用(ウチワタなど)製品
(2)茎(オガラ)の利用(トボシ)など
(3)苧を商品として記載したチラシ、広告、絵紙など
(4)苧について書かれている帳面や紙片、文書の類
(5)苧についての言い伝え、昔話、諺(ことわざ)など
(6)同じく、地名(地図)、屋号など
(7)上記の作業をするときの服装(下着類、はきもの、前掛け、かぶりもの、着物<上体・下体>、タスキ、手甲の類など)
Ⅱ,紡織用具
1,苧の雪ざらし
(1)オウミをする前の苧を、灰(アク)や雪でさらした経験者か、わかる人はいないか
(2)さらし方は、どうしたか。用具の類は。
(3)さらしに使うアクには、何の灰がよいと言われたか(ワラ、ソバガラ、堅木<樹種>など)
(4)灰汁を作るときの用具や材料(アクタレ桶など)
(5)アクタレ桶の構造・使い方
(6)その他の方法
2,苧績み(オウミ)、撚りかけ
(1)オウミするときの用具(オブケ<カケゴ・ナカゴ>、ヘソゲなど)
(2)苧のウミ方の種類(つなぎ方)、タテ・ノキのちがい
(3)ウンだ苧を入れるのに、曲げもののオブケ以外のものがあったか(どんなもの)
(4)ウンだ苧を、どうしておいたか(ツヅネなど)
(5)撚りかけをするときの道具(ツム・ミズトーシ・ツムジ・テシロ・イトカケ・オヨ   リバコなど)当地での呼び方
(6)ツムには、タテとノキ用のものとは別にあったか(形、大きさなど)
(7)ツムザヤを使う場合、それはなんで作ったか
(8)オウミの女衆が、オウミヤドへ集まってオウミをすることがあったか、そのことを何といったか
(9)そのときの様子
(10)ウンだ苧をどうしたか、入れものなどに何を使ったか
(11)夜、オウミをするとき、灯火(あかり)として、どんなものを用いたか(電灯の   つく前)、どれに使う用具や材料
(12)オウミをするとき、どんな服装をしたか
(13)オウミに関して、祝いとか、儀礼的なことはなかったか(オブケ流し・オブケ餅など)。遊び(楽しみ)は、どうか。
3,カセかけ・糸しらべ・糸たたみ
(1)カセかけのしかた、カセの種類・形・部分名
(2)ノキガセとタテガセのちがい
(3)ヒビリのとり方や糸の数え方(ヒトナワ・ヒトテなど)
(4)カセからはずした糸の処理(ノキとタテのちがい)
(5)糸しらべ(糸すじを整える9は、どのようにしたか、用具
(6)オガセにして、たたむときの用具、たたんだものの始末
4,カナ(オガセ)買い。カナ売り
(1)売るとき、買うときの様子と用具
(2)カナ買いの服装は売買用具、運搬具など
(3)物々交換などの場合の物資
(4)みやげものなど
(5)カナの保存法と用具類
5,糸の雪ざらし、糸のばし
(1)雪ざらしのしかたと用具(雪中の用具、服装も)
(2)灰汁についてはⅡ~1関連
(3)さらしあげた糸の処理
(4)糸のばしのしかた、用具
6,整糸、糊つけ
(1)さらしあげた糸を、糊つけするまでの、糸を整えていく手順と、そのとき使う用具類(マエバ・オッタテ・オシワク・トンボ・マルワク・ワク・ザグリ・タタリ<サッポコ>・テフリワクなど)
(2)糊つけの手順と用具・材料など(フクロノリ・ナベ・ミズトーシ・ノリツケワクなど)
(3)ノキ糸の整糸
7,染色関係
(1)染もの屋(コーヤ)を以前やっていた家があるか
(2)コーヤの経験者、または少しでもわかる人がいるか
(3)コーヤの道具を持っている家、または特定の人、あるいは資料館などがあるか
(4)自家用に家で染めものをした経験者がいるか(昔の染め方、化学染料でもない、木や草や泥などを使ったもの)
(5)染もののことを控えた帳簿などがあるか
(6)アイ(藍)その他、自家染めした糸や布があるか(小切れでも、また苧でなくとも)
8,縞(しま)・絣(かすり)の染め、及び織り
(1)縞を織った経験者がいるか
(2)絣を染めた人、織った経験者がいるか
(3)柄(がら)見本や注文書などはないか
(4)絣染めに使った用具類はないか
9,糸のべ(クテ)、クダ巻き(ノキ)
(1)ノベ台(ヘ台)の形式(平面、タテ、など)
(2)ワクから取り出した糸をかける、糸つり、メッパリの型式(どんなもので、どんな形に使ったか)
(3)ヘバシを使う場合、目板を使う場合、使わない場合
(4)アヤのとり方、アヤのかけ方
(5)細かな用具(糸の回数をかぞえるもの、糸をくくっておく糸など)
(6)ノベた糸をクサリにとるときの方法
(7)ノキ糸をクダに巻くときの準備、用具
(8)糸車の型式と部分の名称、種類によるちがいと適・不適
(9)シラベ糸のかけ方、回し方
(10)糸車で撚りをかけるもの、ウンだ苧にもこれで撚りをかけたか、使わないとすればなぜか
10,イザリバタにかけるまで
(1)イザリバタの型式(型式のちがうところ)
(2)イザリバタの部分名称、併用具と名称
(3)オサは、タカバタのものとどうちがうか
(4)オサドーシは使ったか
(5)オサドーシするときに、オサタテを使ったか
(6)オサヤスミなどをつけたか(つけ方、材料<ススキなど>)
(7)オサゲタのつけ方(併用するもの<補助用品>があるか)
(8)チギリ巻きの併用具(マキツケボー・ハタクサなど)
(9)ハタクサにした紙、板(名称、材質など)
(10)織りながらチギリを回す方法、用具
(11)アヤ棒の使い方
(12)アヤを移すときの方法、アザリガエシ、丸棒と板の使い分け、利点など
(13)アソビカケ(綜絖)をかけるときの用具、用品、名称
(14)割り竹の用い方、かけてからどうするか、名称
(15)チマキ(布巻き)について、ジゴクボーの使い方
(16)チマキ(布巻き)とシマキ(腰当て)の接続法、構造
(17)チマキの種類、呼び方
(18)中筒部分のちがい、名称
(19)クダに巻いたノキ糸の整理、用具(箱など)
(20)ヒ(杼)の種類(ヒ、セギヒなど)
(21)ヒの使いよさ、悪さ(大きさ、重さ、材質、その他)
(22)クダの入れ方、補助用品があるか
(23)ノキ糸の出方のよさ、悪さ
11,イザリバタ織り
(1)オリハジメの織り方(藁(わら)などで織るなど)
(2)オリオサメの織り方
(3)糸が切れたときの処置、用具、予備の糸など
(4)切れた糸のつなぎ方
(5)糸が切れないようにする処置、糸を整えるための処置など
   ・クルミの油をつける。そのときの用具、使い方
   ・クシを使う?なにぐし。
   ・糊をつける。つけ方、用具など
   ・湿気をとる。用具やものなど
(6)ハタから途中でおりるときの方法、用具、織りかけの処理
(7)マネキにも油をつけるか
(8)その他
   ・ハタ神への備えもの(どんなとき、何を)
   ・マジナイなど(ネズミ除けなど)
   ・ハタのキレ、布などをお宮などへ供えたか(どんなとき、どんなものを)
   ・ハタ神のお札など受けたか(どこから、何さまを、縁日などあったか)
   ・ハタが上手になるように、お参りに行くことがあったか。たとえば、どこ(黒姫    など)
   ・寒いときの暖房はどうしたか
   ・ハタオリのときの服装
   ・ハタ見舞、ハタ茶、ハタマメイリなどということがあったか
12,仕上げ(縮の)
(1)自家作業として縮の仕上げまでした経験者がいるか
(2)さらしや・たたみ屋など、仕上げを業とした家があるか
(3)また、そうしたところで働いた経験者がいるか
(4)布さらしの経験者がいるか
(5)これらの用具を持っている家があるか
Ⅲ,仕事場関係
 この関係用具については、前記の項目にもそれぞれあげたので、ここには要点だけを記す。
1,仕事着
 それぞれの仕事のときに身につけたものを、下着から外被、手拭、たすき、ひもの類まで、必要に応じて、仮に用いるようなものも含める。
2,灯火・暖房具
(1)灯火具
 仕事のために用いた(あかり)のすべて。また、その補助用具(あかりの台、つるすもの、反射器の類など)も入れる。イロリの火、タンコロ、カワラケ、ヌカビなど。
(2)暖房具
 イロリ、コタツ、アンカ、火鉢など、及びその補助的な用具など
3,生活用具
 仕事に関連した生活用具類。たとえばイロリで用いる用具類。また幼児のある母親が仕事をするときなどは、子どもの哺育具なども入れる。
4,その他
 その他、たとえば集まってオウミをするような場合、いきぬきのためにした(かもしれない)、遊び、飲食などに用いた用具類
Ⅳ,販売関係用具(出荷関係・売買関係)
1,苧及び自家生産の縮に関しては、前期の項にあげた
2,商業的な点については、経験者の有無、それに用いられたとみられるものについて調査する
Ⅴ,製品
1,半製品
  ・布として織られる前の工程にある糸類
  ・織りかけの布、または小切れ
  ・苧を用いて作る製品の工程にあるもの
2,製品
(1)オウミした糸を用いて織った布、または布製品
  ・商品となるように作られた布、または布製品(着物など)
  ・自家用などに用いられたとみられる組布、またはそれによる製品
  ・着物地以外の苧を用いた織物と、その製品(カヤなど)
  ・オウミした糸を用いて縫ったもの
(2)苧のまま(オウミしないで)用いて作った製品
  ・苧だけで作った物品
  ・苧によって綴り合わせたり、結束したり、編んだりしたもの
(3)その他
  ・苧のクズ、または布縮切れなどを用いて作ったもの
  ・綿糸や絹糸、苧以外の植物繊維(当地方の植物による)を用いて織った布、または   繊維を利用した製品、その原料
Ⅵ,信仰儀礼用具
1,信仰用具
(1)ハタオリやオウミのことで神仏などに奉納したもの
   奉納ハタ、オリカケ、ノボリ、鈴縄、絵馬など
(2)ハタの神様、苧の神様などに供えたもの、その用具
(3)ハタや苧の神様、あるいはそれらに御利益があるとされて祀るお札など
(4)おまじない的なもの(ワラジなど)
(5)講などがあれば、その用具
2,儀礼用具
(1)苧やハタに関係して儀礼的に、行事・交際などのために作られ、用いられたものとその用具など。
 ハタ見舞、ハタ茶、ハタマメイリ、オゴイモチ、オブケモチ、オブケナガシなど
(2)儀礼的な行事などに、苧や縮、またはその用具類を使うことがあるか、行事名、用具(作り方、使い方)
3,その他
(1)オウミやハタオリ、その用具、または作業についての言い伝え、ことわざ、昔ばなし、世間ばなしなど
Ⅶ,その他
1,紡織関係文書
 公的な文書、商用文書、私的文書など
2,その他
(※手書き書面を菅家博昭が入力)
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2017年3月 6日 (月)

評価を求めないモノつくり   ものづくりの背景を伝える

■2017年3月6日(月)曇り

 
 午前、月例の通院日。今日は混雑していなかった。昼から午後、知人宅を訪問。
 確定申告の作業中。
 
 夕方、大岐の父・清一より電話があり、裏のオミヤの屋根の雪が落ちて軒先が「つっかたまった」ので降ろすように、とのこと。
 8日10時41分に会津田島駅に来客(農文協 松原氏)があるため、朝に大岐に行き、オミヤの雪を下ろし、喰丸峠・船鼻峠を越えて会津田島へ。
 
 
■ みんぱく(国立民族学博物館)の『月刊みんぱく』2012年8月号の記事。特集・座談会「世界の織機と織物」。物作りの心得が語られている。吉本忍先生の記事。
 大阪芸術大学教授の井関和代さんは、学生のときに奄美大島を訪問して大きな衝撃を受けた、といいます。
 自ら蚕(かいこ)を育てて糸をとり、育てた藍(あい)で色を染めて、絣(かすり)を織っている年配の女性に出会いました。(略)「息子に贈る」という返事が返ってきました。あたりまえの事かもしれませんが、評価を求めないモノつくりがあることに気づかされ、たいへんな衝撃を受けました。
 
 
 
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■ 福島民友3月5日一面トップ記事 → 自分で見て伝えたい PDF 
 
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2017年3月 5日 (日)

すてきな布展 講演会「アンギンと日本のタテもじり織物」吉本忍先生

■2017年3月5日(日) 曇り


 明日、午前は定期通院日。
 
 
■3月5日午後1時30分から新潟県長岡市関原町1丁目の新潟県立歴史博物館で開催された「アンギン研究100年すてきな布」展の講演会を聴講した。
 
 講師は大阪千里のみんぱく、国立民族学博物館の名誉教授の吉本忍先生で、「アンギンと日本のタテもじり織物」。
 
 まず冒頭に、「アンギンは織物である」ということを力説された。そのことと「織物とは張力をかけたタテ糸に、ヨコ糸を組み合わせたモノ」という、この5年くらいにまとまった考えを話された。
 
 50年ほどの世界各地の織物調査をされた結果、着想と考察、課題が語られた「織り研究最新事情」の講演会であった。

 アンギンはこれまで編物(あみもの)としてひろく理解されたきたが、編物ではなく織物(おりもの)であり、その製作技術であるタテもじり織りは人類史場最古級の織り技術として位置づけられた。





 
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 ---みんぱくの共同研究の推移---

 
 
 

 
■この「すてきな布」展を担当された主任研究員の陳玲さんにもお会いすることができた。
 
  → 陳 玲 さん
 

 
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 主任研究員の陳玲さん の進行
 
 
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   吉本忍先生。インドネシアの調査から帰国されたばかり。ご実家は呉服屋という。
 
 
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 吉本忍先生の織物の新・分類
 
 
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 新潟県内のアンギンは「ひとつ飛ばしのタテもじり織り」であるという。
 会場配布資料より
 
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 ワラジ織り(平織)も、織物である。
 
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 講演会の最終で、吉本忍先生は、会場からの3つの質問に、ひとつひとつ、ていねいに、時間をかけて回答された。
 
 そのなかで、織りの技術、特に道具を使わないでできる織りもある。

 料理を作り食べることも、手仕事である。

 人間は手に技を持っている。手仕事への回帰が求められる。

 全人類の一人一人が手仕事のすごさを理解し、子々孫々に伝えることが求められる、としめくくられた。
 
 私も全く、同感であった。今回の講演テーマは技術論であったが、講演を終え、その後の質疑応答で、はじめてこうした研究の持つ社会的な意義を語られた。


 本企画展は自家生産・自家消費、つまり自らのための布を織るという文化をアンギン研究の100年を通して示されたもので、「販売しない・流通しない布」があったことを、思い出させたこと、そしてそうしたいとなみが「すてき」な生き方であったことを感じさせるものでした。

 暮らしを作る主体は、私たち一人一人のいとなみ、そのものである。
 


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 3月14日 新潟日報 投書欄 窓
 
 アンギンの奥深さ再認識 福島県昭和村 菅家博昭
 
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シャセリオー展ブーケ(青山FMエキュート上野店)

■2017年3月5日(日)

 
 
■ 都内はいま、ラナンキュラス、ミモザ。

 新しい試み。

 上野では、シャセリオー展が開催中。JR東日本上野駅構内3F  エキュート上野店内の店舗でタイアップ。青山フラワーマーケット 「シャセリオー展ブーケ」
 
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  かすみ草、品質管理認証リレーフレッシュネスのマーク
 
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   ベールスター
 
 
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    ミモザと切り花スイートピー
 
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2017年3月 4日 (土)

ウルシ液は生育した場所を記憶している

■3月4日(土) 曇り

 
 東京上野で東京文化財研究所主催の公開講座「南蛮漆器の多源性を探る」が3月4日、5日と開催されている。
 初日の様子を。
 佐野千絵部長から開会の挨拶、があった。
 かつてウルシはジャパンjapanと呼ばれたが、私たちは、いま「うるし urushi」と読み下したい。
 
 会場受付で配布された予稿集「南蛮漆器」は、Namban  Lacquer   ナンバン・ラッカー としている。
 
 文化財研究所の文化財情報資料部広領域研究室長の小林公治氏の進行であるが、同氏が最初の報告者として「南蛮漆器の多源性を探る 問題点の把握と提起」。
 
 南蛮漆器に包括されている多源性を ひとつひとつ具体的に把握、理解することで、南蛮漆器が制作された経緯、背景、そして時代性といった問題について、具体的に検討していくことが可能になること、そしてまた有効な方法であると考えられる。
 
 
 
 
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  野口英世
 
 
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   糸車
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  ウルシ 漆
 
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  → ロビー展示
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  予稿集。福島県金山町の漆のストロンチウム濃度の測定。東京大学総合研究博物館特招研究員吉田邦夫氏の報告。
 
  かつて奥会津は南山御蔵入領(幕府直轄領)で会津藩預かり。多数のウルシの木が植えられていた。特に三島町・金山町・柳津町西山地区に多い。
 
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 ヒノキ科にスギ科が含まれるようになった。
 
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2017年3月刊の資料(下)
 
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プチパール(カスミソウ)の旅、勝山市はたや研究フォーラム18日

■2017年3月4日(土)都内滞在

 
 本日は、終日、東京上野の東京文化財研究所の南蛮漆器のセミナー。
 
 
■福井大学の東村純子さんから、3月18日に福井県勝山市で開催の、麻の糸・布と腰機 はたや研究フォーラムの連絡があった。
 



 
 
■3月3日(金)午前4時出発、自動車にて磐越自動車道(小雨、曇り)でJR郡山駅。始発6時10分台の東北新幹線で上京。東京駅で京浜東北線乗り換え大森駅に8時20分ころ着。タクシーにて大田市場花き部へ。初乗り410円に値下げとなった都内タクシーで1620円。
 
 安値の続いた2月相場、3月になり少し持ち直した様子。
 カスミソウの入荷量調査、仲卸店頭の調査を行う。ベールスターが多く、エクセレンス、アルタイルも少量仲卸店頭で販売していたが、価格は100円(80cm)台の全般とまだ安い。
 
 染めカスミソウについてはほとんど無く、ケニア産のビューティライン農園の輸入したエクセレンスを日本国内で4色に染めたものがネクストワン(南関東花きの仲卸)店頭にて販売され、その隣のハナマーケット東京で国産染めカスミのラメ処理したものが1束あった。
 
 中央花卉の中谷隆敏さんにご挨拶をして、9時過ぎに市場から南房総市を目指し自動車で移動。高速道、アクアライン経由で。
 12月に引き続き、フクカエン種苗の松永亮さんの案内。金井園芸のプチパールの生育調査をした。収穫はほとんど終盤で、今後、どのように仕立て直し5月の開花に向け調整するか懇談した。会津坂下の佐藤充さん一家も金井園芸集合でいっしょに視察した。プチパールの会津での栽培者。
 金井園芸は昨年9月からの定植(3作型)で、はじめての取り組み。顧客からの評価はたいへん高く、40cm、50cm、60cmサイズを主体として出荷されている(国内25社取引卸市場のうち、10社程度へ)。

 
 視察後、東京都内の武蔵境まで移動したが、帰路の首都高は渋滞で、ようやく午後6時すぎに到着。うどばし農園の名古屋和宏さんと再会(JFMAセミナー以来)、現況をうかがった。中央線で都心部に戻り宿泊。
 都内の直売所、庭先直売の生産農家でも2か所、カスミソウ・プチパールが導入されている。
 

 
 
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 JR郡山駅
 
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新設の花ステーション


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 アフリカ ケニア産 エクセレンスカスミソウの染め。120円。4色。
 
 
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 ミモザの日。3月8日。
 
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 南房総市
 
 
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 新品種カスミソウのプチパール。極小輪。

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  STS前処理中。
 
 
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ホワイトレースフラワー
 
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■ マツヤマサンFB 昨日の記事だと出荷する花は1ケース3,300円が昨年対比維持のボーダーライン。
平均単価60円だと50本入りでは赤字。
まず、セリではケース3,300円で時計がピタリと止まって下がらないようにする(セリが終わるまでセリ場に鍵をかけて拘束する)か、
70本入りの箱ををつくらないとなりませんね!

2017年3月 2日 (木)

来月の『広報みしま』の原稿

■2017年3月2日(木) 曇り

 
 三島町の広報誌 → 広報みしま  

 角田伊一さんが『近世資料編』にまつわる連載を『町史編さん室たより』として13回(14回)連載された。
 来月の4月発行分より『集落誌』の調査にまつわる話を書くこととなり、本日書き上げた。浅岐のことを数回書いて、間方、大谷、と書く予定。

 同じく、2月18日、25日に開催した「三島の江戸時代を語り継ぐ」の会場アンケート結果も送付されてきた。
 
 3月はこれまで調査した分の浅岐、間方、大谷についての集落誌をまとめ提出する。
 
 
■ 明日は早朝出発し、郡山駅6時始発の東北新幹線で上京し、大田市場花き部にてフクカエン種苗の松永亮さんと待ち合わせ、その後、千葉県南房総市の金井園芸のかすみ草プチパールの生育調査を行う(午後1時)会津MPS連絡会の事例研究。
 会津坂下の佐藤充さんも同日1時に金井園芸集合の予定。

 私はその後、東京都西部の武蔵野市で切り花栽培をされている名古屋和宏さんを訪問、懇談する予定(JFMA会員)。
 
 翌4日は終日、上野の東京文化財研究所にて南蛮漆器のセミナーに参加聴講する。

 
■ 昨夕、金山普及所の大河内氏から電話があり、金山町で新しくかすみ草栽培希望者について情報交換をする。当方として推薦する品種・作型案を送付した。
 
 
■ 来週 3月8日、9日と農文協編集局農業・園芸書グループの松原喜一さんが生活工芸双書の打合せ・取材等のため来村される。昨日に詳細な日程が確定となった。
 
 
■ 3月12日から17日は台湾島での少数民族のからむし(苧麻)植え付けの取材に渡航する。馬さん、孫さんの案内。すべての日程が確定した。


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 滝谷 駒啼背峠。畑に押し出した雪の排雪作業。
 
 
 
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アンギンと、山んのこ(上衣) 九十九里浜

■3月2日(木)

 
 明日は午前4時出発で上京(JR郡山駅始発)。千葉県南房総市の花き栽培(かすみ草)視察。夕方、都内の切り花生産者訪問・懇談。
 
 3日より南蛮漆器のセミナー。
 
 
■ 奥会津昭和村、私のオオアザ小野川地区では、野外着・作業上衣に、「山んのこ」yama-n-noko というものがあった。昭和50年代ころまで着用されただろうか。「山(やま)」がつくのは、山仕事、炭焼き等で、それも冬期間?に着用した上衣だったのだろうか?
 
 
■広報しょうわ5月1日号の原稿を書く。「アンギンとアカソ、カラムシ」

■ 栃木県でのアサ栽培、千葉県での九十九里浜、漁網、魚粕(干鰯)が栽培地の肥料(金肥) 平野哲也さんの研究成果  3月1日号 →昭和村 広報BN(PDF)
 
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謎の風船 3月2日 福島民報
 
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 第23期 からむし織り体験生・研修生  作品展 3月9日から からむし織りの里
 
 

飼料の安全性とスイートピーの生育障害

■2017年3月2日(木) 

 
 
■3月1日午後の参院委員会のNHK放送を聞いていると、宮崎県選出のもと自治体首長経験者が、スイートピーやトマトの生育障害について質問をした。
 
 クロピラリドという海外で使用されている除草剤成分を含む牧草を食した日本の牛などの糞を利用した堆肥に、その成分が残留し、圃場に施肥することで、生育不良になっている、というものでした。日本は九割が輸入飼料を使用しており、こうした影響に対しての対策を、と農水大臣に質疑をされていた。
 
 最後に赤いスイートピーはかつて存在しなかった(染色していた)が、現在はそれがある、でしめくくりました。
 → 全国土の会 より転載
 
 
 トマトやいちご、菊栽培農家の皆さん、注意して下さい。
 (一社)全国肥料商連合会(全肥商連)によると、昨年開催された岩手県部会において岩手県農林水産部農業普及技術課から「クロピラリドによる異常生育」の情報提供があったそうです。
 米国、カナダの除草剤クロピラリド(日本では農薬未登録)が輸入飼料に混入し
それを食した家畜の糞に微量ながら残留農薬として残り、畜産堆肥をハウスなどで使用した場合に、イチゴやトマトで異常生育が発症したケースがある。半減期が200日の長きにわたる場合もあり、また、ごく微量でも生育障害をあたえることがあり、対処方法がない状態で、実際に那須地区などで発症事例があるようです。
これに関して、昨年12月27日に農林水産省から緊急通知が発表されました。
■ 家畜の排泄物の堆肥には、牧草に含まれた除草剤成分がそのまま残留し、施肥した土に影響が出る、ということ。
 
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   取得しやすく、チェックを半減、、、、、、
 
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■さらにわかった! 縄文人の植物利用 (歴博フォーラム) 単行本(ソフトカバー) – 2017/3/10発行 新泉社、 工藤 雄一郎 (編集), 国立歴史民俗博物館 (編集) 

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2017年3月 1日 (水)

今日から3月。すてきな布とは?

■2017年3月1日(水)

 昨日は福島県内で震度5弱の地震。2011:0311を前に地震が多くなっている。

 
 
 5日(日)の日中に予定されているオオアザの役員会(行政地区)に、3日から上京中のため出席できないので、3月のオオアザ総会等の日程(20日総会、22日ソウワリ)。
 
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 個人の確定申告のための作業。
 

 
 政府農水省の補助事業、かなり課題の多い取り組みであったようです。 → 日本生産協会 日持ち性向上対策実証事業

 
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■2月28日、『農耕と園芸 四月号』(誠文堂新光社)に書いた原稿のゲラPDFがメール添付で届き、4カ所の誤字等を校正して返送。109ページに「産地通信 日々のいとなみ」掲載予定。4月からは4人の生産者がリレー執筆(これまで3人)。
 
 
■来週、農文協の松原喜一さんが来県される予定。からむし(苧麻)の本の打ち合わせ、取材。
 
■4月開催予定の会津学研究会について、事務局の遠藤由美子さん(宮下・奥会津書房)から日程調整と内容について。
 
 
■3月3日の千葉県南房総市等の日程がほぼ決まる。午前9時、大田市場花き部仲卸街集合出発で、夕方は都内の切り花生産者と懇談。
 
■なお3月5日の午後は、長岡市の新潟県立歴史館でセミナーも開催される。→ 講演会「アンギンと日本のタテ捩り(もじり)織物」講師 : 吉本 忍 氏(国立民族学博物館名誉教授)事前申込必要
 
 
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  新津駅近く(新潟市秋葉区南町72-4 AMGキッチン
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 植物からの繊維取り出しの新しい技法の解明。
 
 アカソ採取、1週間流水に浸ける。その後、乾燥。使用前に叩いて柔らかくする。
 叩いて柔らかくする技法はイナワラを使用する技法に引き継がれている。
 ステキな布とは?自家生産自家消費された布をいう。

 
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「人は、山に入らないと生きていくことができません。」奥会津桧枝岐で聞き書きした時の言葉です。
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■こうした民俗学的な取り組みのほかに、実験考古学での長い研究も行われている(昨年の春の号)。カラムシは山形県内での実践。
 
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