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2017年4月

2017年4月29日 (土)

馬(ま)藍さん来村

■2017年4月29日(土) 降霜予定の寒い朝 午前は晴。


 4月28日(金)は、晴れたため、29日の朝は降霜予定(寒い)。
 角畑の2棟目のかすみ草エクセレンスにパオパオ(不織布)を掛けた。

    資材を、、、→ そりで運ぶ。まだまだ雪溶けず。

 午後2時20分、会津田島駅(会津鉄道リバティ21日開通)に、馬藍さんらが東京浅草駅から乗車され、来られ、迎えた。会津田島はサクラが3~7部咲き。昭和村は野尻川流域の水田の雪は消えた。私たちの滝谷川上流の小野川・大岐地域はまだ30~50cmの積雪が残っている。

  4月29日(土)は、午前が晴れ、昼より降雨予定のため、午前は屋根のペンキ塗りの予定です。午後は、かすみ草定植ハウス内に灌水予定。30日の午前中は三島町訪問予定。
 
 農協より7日まで越冬株の栽培計画を提出するようファクスが来たが、まだ圃場の雪が溶けていないため、どのようになっているのかも不明。

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 4月30日(日)午後1時30分、会津坂下町塔寺 ふくしま本の森の前にある「やはたコミュニティセンター」にて、会津学研究会の例会が開催されます(どなたでも聴講できます。無料)。内容は手仕事(アイ染め、からむし)。
第1部「台湾の藍染」馬 芬妹(ま ふんまい)さん。講演40分。
第2部「台湾に学ぶ苧麻(からむし)の生活文化」馬 芬妹・菅家博昭(会津学研究会代表)・菅家洋子 40分
 
 
 
■ 5月1日(月)18時、昭和村公民館にて昭和村文化財保護審議会の予定(4月28日に連絡有り)。16時は会津若松。
 
 5月2日(火)16時台、会津若松駅。徳島の藍研究家の川人さんら来県送迎。

  5月4日までは、馬藍さんらの奥会津での滞在サポート。午前・会津若松駅まで送迎。なお10日より上京し、11日から13日、熊本県内かすみ草生育調査のため出張となります。
 
 5月16日・17日はJFMA会議、セミナーのため東京。

 18日午前が川口高校での講演です(風土体感プログラム)。午後が三島町町史編さん委員会(宮下)。
 
 
■ 滝谷川の漁撈について、この1週間、調査・考察をしています。
 
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■ 切り花産業は一昨年秋から、構造変化となっています。特に葬儀需要の大幅な減少のため、白い花は特に売れなくなっています。そして花の需要全体が減衰し、切り花卸市場の入荷減にもかかわらず価格低下が継続しています。こうしたなか、主産地は、家庭需要の掘り起こしを本格化してきています。
 

 
  小売業界も変化しており、法政大のマーケティングの小川孔輔先生(JFMA会長)も、社会変化への小売業の対応を述べています。南会津町田部の土っ子田島味噌も、、、店頭にある福島屋(スーパーマーケット) → 福島屋 六本木店の三年後

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  会津田島駅
 
 
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  喰丸
 
 
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  岩下圃場
 
 
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2017年4月27日 (木)

浅岐訪問

■ 4月27日(木)小雨、晴れへ、風有り

 
 朝、雨のため、三島町浅岐地区訪問し、追加調査等をした。その後、山びこ(編さん室)。曇り、晴れてくる。
 
 午後より、ハウスに屋根ビニル被覆作業を行う。風が強くなってきている。
 夕方は大芦家へ。練習会。
 
 
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  浅岐
 
 
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 山びこ
 
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大岐 ohmata
 
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   角畑1、2(ビニル被覆)
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1696年(元禄9年) 滝谷川小野川(小ノ川)村落合川口出入

■2017年4月27日(木)雨

 本日は、4月18日に定植したエクセレンス(4月15日、ピンチポット苗購入)が10日経過するので、はじめてジョーロで手かん水。

 雨が上がれば、角畑2号ハウス(エクセレンス雪下越冬株)をビニルで被覆する(無加温促成栽培)。

 午後6時30分(5時)より、ファーマーズカフェ大芦家にて、6月3日公演のためのNB練習会。

 明日(28日の午後)は、台湾より来日中の馬藍さんが来村される。30日午後に坂下にて会津学研究会例会で講演される。他所へ移動される5月4日までアテンド(応接)する。

■ 元禄9年4月17日(グレゴリオ曆 5月17日)、只見川と滝谷川の合流部にあたる滝谷川の河口部の小ノ川村で御私領(会津藩)12ヶ村(沖・宮下・田村山・沢田・細越・田沢・朝立・小牧・椿・矢坂野・出倉・郷戸)と御蔵入の名入村から21名が集まり、小屋をかけ、魚を獲った。不明のうち3ヶ村は柳津・高田・和泉。

 滝谷村から46人が現場に行き、小屋を引破り、とふあみ(投網)、魚を取り上げる。

 後に、4か村(細越・柳津・高田・和泉)のものが訴訟状を会津藩に提出する。

 この出入(訴訟)は、江戸表の幕府での裁定となる。

 一方、なぜ、この日に、16ヶ村・21名が集まり、この集まった人たちはどのような集団(連絡網)だったのか?獲った魚はどのようにしようとしていたのか?

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2017年4月26日 (水)

伝統の阿波太布製造

■2017年4月26日(水)曇り、午後より雨


 
 午前、角畑2棟目のハウスを建てる(角下1)。3棟目の雪より出たフォレスト1畝(うね)分の剪定。
 
 午後1時30分から駒止湿原保護協議会役員会、2時30分より総会(昭和村公民館)。午後3時42分終了。28名出席。
 
 
■ 24日に来日された馬藍さんから夜に電話がある。在京。28日来村の時間等を打ち合わせた。
 
 
■ 徳島県の木頭の阿波太布製造伝承技術保存会の大沢善和会長(木頭図書館長)から手紙が届く。4月22日に徳島新聞の読者の手紙欄(投稿欄)に拙稿が掲載されたようだ。記事写しが同封してあった。「4月初旬に訪問」です。


 
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  角畑1,2棟。
 
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 大芦
 
 
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  明日の夜は練習会(大芦家)。
 
 
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  山菜の アサヅキ
 
 
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  打ち豆、ダイコン干し
 
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  大芦 五十嵐唯一 遺作展 5/19-
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駒止湿原保護協議会総会(下中津川)

■2017年4月26日(水) 曇り

 昨夜から今朝は、滝谷川の川漁について既存文献を調査した。


 今日は午後から雨になる予報。

 午前中は、角畑の二棟目のハウス建て。午後は下中津川昭和村公民館での会議出席。平成29年度 駒止湿原保護協議会の総会。昨年までは総会のみ出席していたが、昨年7月より昭和村文化財保護審議会の委員長となったため、アテショクとして役員会からの出席となる。

 午後1時30分 役員会。
 
 午後2時30分 総会。
 
 
■ 会議は4時頃終了予定。時間があれば、その後、三島町名入の山びこに町史編さん室の川合氏を訪問する予定(未定)。
 
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  岩下(下)圃場。くんたん散布場所。
 
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 岩下(上)圃場。マイピンク(かすみ草)が雪の下で。
 
 
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  4/25滝谷 コマナカセ  1名がトラクタで耕耘、1名は耕耘機で(昨日?)

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■グローバルギャップ、国が補助 → 松島義幸さんのブログ




 
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有機JAS認証支援 県、農産物の安全性発信
 
 (福島)県は東京五輪での食材提供などに向け、有機農業や生産管理に関する認証の取得支援を強化する。組織委は有機農産物の供給を推奨しており、農林水産省の「有機JAS認証」の新規申請・更新費を補助する。五輪までに認証農家を2倍に増やし、組織委に安全性や供給力をアピールする。生産管理の国際規格「GAP」などの取得も促す。
 県が24日の新生ふくしま復興推進本部会議で示した。認証取得の補助制度は【図】の通り。今年度上半期にも導入する。新規取得費の4分の3、更新費の2分の1を補助する。有機農産物の生産には農薬や化学肥料を原則用いないため、防除や除草などに手間がかかるとされている。複数の生産者が必要な設備などを共同で導入する際もリース費の2分の1、購入費の10分の4を補助する方針。
 有機農産物を仕分けて小売店に卸す県内流通業者(小分け業者)が有機JASを取得する場合も対象とする。30万円を上限に助成する。小分け時に農薬以外の薬品などの混入を防ぐ設備の整備を支援する。
 県は県農業総合センターが有機JASの認定機関となった平成18年度から普及に着手した。22年度のピーク時には認証者数102人、ほ場面積282ヘクタールに達した。しかし、東京電力福島第一原発事故に伴う営農休止などで28年度には74人、215ヘクタールに減った。
 有機JASの取得には10~20万円の費用がかかる上、毎年更新する必要がある。県は有機農業を行っているにもかかわらず認証を取得していない生産者が取得者と同程度いると分析。費用面を手厚く補助して取得を促し、「有機産地・福島」を確立したい考えだ。
 有機農業団体・オーガニックふくしま安達(二本松市)の関元弘代表は「有機栽培に関心があっても申請コストや管理面の手間などから、ためらう農家は少なくない。新たな補助制度が生産者の増加につながってほしい」と期待している。
( 2017/04/25 08:40 福島民報より  )
 
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2017年4月25日 (火)

融雪圃場のハウス建て作業へ

■4月25日(火) 晴れ

 今日から、大岐のタカバタケの角畑のハウス建て作業。残雪のなかに出たハウス分。
 
 
 
 
■追記:11時45分 雪原のなかでのハウス建ては、暑い。特に長靴。運動靴を取りにいったん戻る。
 越冬株の残枝整理(剪定)。
 
 
■ファクスにて農協よりアンケート有り。坂下の農業センターの作業。作業労力軽減。
 
 
■5月11日、12日、熊本県内のかすみ草生育調査の旅程決まり、航空券等予約する。
 
■5月16日、17日、JFMA理事会・セミナー(東京都内)。
 
 
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エクセレンス越冬株のハウス(角下2)
 
 
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  フォレストは、野ネズミ食害は無い。
 
  左がエクセレンス、相当、食害がある。
 
 
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 エクセレンスの株、ネズミ食害。
 
 
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 もみ殻クンタン散布は融雪を1週間早めます。効果有り。  
 
 
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   タカバタケはまだ雪が50cmある。
 
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  博士山 東麓。
 
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   そり。
 
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  大成沢・博士沢。橋桁2本が架橋された。 
 
  クレーン二台。
 
 
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   せいざんそう。
   西山みやげ 「ひし」。西山中学生。
 
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2017年4月24日 (月)

屋根のペンキ塗り

■2017年4月24日(月)晴れ


 晴れたので、朝は自動車のフロントガラスが凍結(霜)。
 
 今日は、屋根のペンキ塗り。
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■ 滝谷(4月23日)
 
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 うわたきや
 
 
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  大峯古道(滝谷)
 
 
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  大峯古道 馬頭観音近く
 
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 きのば(木戸場)
 
 
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   滝谷 ゆのうえ、キリブセ
 
 
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  滝谷 こまなかせ より、遠望の尾根はブナが緑に、ほきる(萌芽)
 
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 大成沢 博士沢 架橋
 
 コンクリートの橋が架かる。
 
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2017年4月23日 (日)

馬頭観音 batou kan non 滝谷の大峯古道

■4月23日(日)晴れ 風有り

 滝谷から古道である大峯街道を一人歩く。馬頭観音を探して。
 
 行きには発見できず、帰り道に確認できた。
 なぜ行きに見つけられなかったのかを考えている。
 これは帰り道に正面に出てきた。
 
 
 
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  安政六未八月吉日  1859年
 
 
 世話人 目黒貞蔵
   (若)林金三郎
 
 
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 ヨキ(斧)を持つのは、珍しいのではないか?
 
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  大峯街道(古道)。
 
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 昭和62年12月、トンネル L 157.5M  福島県
 
 
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  うわたきや
 
 
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    シモダテ
 
 
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 若林
 
 
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昭和村大岐 2017年4月23日 
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 タカバタケの角畑の除雪後、圃場が出る。ここにハウス建て作業が今後の仕事。
 
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半年続く、切り花市場の価格低迷(入荷減で続く安値)

■2017年4月23日(日)

 
 昨夜遅く、帰郷した。

 千葉県内の切り花生産者を2カ所(成田市、旭市)訪問し、篤農家3人の方の話しをうかがった。祖父母・父母の生業あるいは経営作物、そしてご自身の品目、、、、戦後の野菜栽培、あるいはカーネーション栽培からトルコギキョウ等の栽培に転換されている。栽培では何を見ているのか?出荷にあたっての考え方などを詳しく聞くことができた。
 
 午後3時頃に東京都内に戻り、東京ビッグサイトの3号館・4号館で開催されているフラワードリーム2017を視察した。
 和歌山県、高知県、沖縄県内などから切り花産地が出展している。都内の卸市場も出展、またトルコギキョウ(リシアンサス)の育種販売を行っている企業も一カ所にまとまったブースで新商品を展示していた。
 
 
■ 4月20日から22日までの3日間、切り花生産・販売に関する人たち多数と懇談したが、すべての話題は昨年秋から続いている市況の低迷(安値)で、入荷は1~2割前年同時期よりも減少しているのに、価格が1~2割安いままで続いている、、、、こと。そして活路が見いだせないこと、、、

 経済構造が変化し、これまでを支えてきた業務需要(特に葬祭)が縮小していることが明確で、かすみ草などが1昨年、昨年夏などの高値の継続で使われなくなっている、、、それは品目を超えて、白い花全体に波及している。

 朝にまとめたA4の1枚を関係者宛ファクス配信した(かすみ草ニュース)。
 
 
■ 通常、卸市場の場合、入荷が減少すると市場価格は上昇していたものが、昨年秋からそうした相関関係が成立しなくなっている。
 

 
 日本の花き市場では、価格が前年、二年前、五年前より安い市況が1月から続いている※。切花においては、冠婚葬祭、仏花に頼りすぎていた為に、菊類の相場が安いと、切花全体の相場が安くなる。
 
■4月17日の東京市場のカーネーション(赤色)の入荷量は7万本。価格(中値)は1本83円で前年を36%下回った。 →カーネ「母の日」高値 輸入、国産とも入荷不安定 東京市場
 

 
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■ 今まではしょうがなかったかもしれないけど、
今からはほんとうに許されない。
時代がかわったのだから。

中川さん(十勝で素晴らしい麦を作っている農家さん)の粉「カムホ」を使った時。
「売れ残ったら、全部送ってください。買いますから。」
と言われた。

農家さんがどれだけ思いを込めて、
我が子のように麦を育てているのか、
わかってたつもりだったけど、
わかってなかったかもしれない。

海外の粉をドカドカ使っていたら、
こんなこと一生わからなかった。

 
 
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■ 千葉県内の切り花生産(4月22日)
 
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 土地(畑)の境界に植える樹木。6月に挿し木すれば発根、育つ。父か祖父が植えたもの。旭市ではマサキとよんでいる。
 
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Dsc02952 ラナンキュラス
 
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 カラー
 
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天草の愛花園の井上耕作さん栽培品 かすみ草
 
 
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天草の満田一郎さんの染めカスミ
 
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 和歌山県農
 
 
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  太陽の花 スプレーマム類
 
 
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  リシアンサスのブース(トルコギキョウ)
 
 
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2017年4月22日 (土)

東京フラワーポート TFP

■4月22日(土) 曇り

 昨日は、随伴のため都内卸5カ所を訪問。それぞれで かおりマム(きく)のプロモーションを取材した。
 
 午後3時から6時 TFPの勉強会には130名?程度。
 
 午後7時から9時 交流会はトルコギキョウ(りしあんさす)生産者交流会と合同で200名。次回の交流会は2月15日ころ沖縄で開催が決まった。
 
 
 
■立食パーティでは、ふだんお会いできない方々と対話した。特に、はまゆう農協でスイートピーの販売をされ、現在、全農みやざき(経済連)で花販売をしている村上昇さんにひさしぶりにお会いした。現況をうかがい、また現況をどのように打開するのか?助言を得た。
 
 
 会津からは 会津よつばから20名ほど、月田礼次郎さんは息子さんと参加された。湯田浩仁さんは帰郷し今朝また東京ビッグサイトへ来る。
 花職人アイズの手代木親子、大竹夫妻も聴講参加されている。
 
 
■今日は、千葉県内の花の生産者を訪問、午後に東京ビッグサイトの展示会。そして夜に一人帰郷する。
 
 
 
 
 洋子さんは東京ビッグサイトの土っ子田島ファーム 湯田さん宅の味噌の販売を2日間手伝います → 森のかすみ草
 
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 クサカスミ
 
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  草カスミ(サポナリア)
 
 
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2017年4月21日 (金)

東京都内の花市場

■2017年4月21日(金) 東京都内

 
 朝6時、世田谷市場花き部。千葉県の青木園芸+伊東花園のフェアを視察。その後、大田市場花き部へ移動。午後は葛西市場花き部のTFPへ。午後3時より6時、第7回東京フラワーポート勉強会。午後7時より千葉県浦安市舞浜にある東京ディズニーリゾートオフィシャルホテル・のホテルオークラ東京ベイにて生産者交流会。トルコギキョウ生産者交流会と合同開催。
 
 
 
 
 
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 東京駅丸の内
 
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 渋谷駅
 
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   ウルトラの父
 
 
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   半蔵門
 
 
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  FⅯ東京通り。
 
 

2017年4月20日 (木)

上京  かおるマム(キク)

■4月20日(木)都内

 上京。午前8時30分台に白河と那須間で架線にビニルが掛、2時間ほど東北新幹線が上下とも運休。郡山駅で復旧を待ち、上京し、2時間ほど遅れで東京・麹町。JFMA事務所、松島義幸さん、MPSの本多さん(6月最終週に、日持ち審査)。
 
 午後3〜5時、渋谷駅前で知人と喫茶。集。
 生花店を数店見る。国内ではじめて販売する かおるマム(菊)のプロモーションを行っていた(青山FM、渋谷東横店)。
 
 宿に着き、明日は朝早い。世田谷市場等を回る予定。午後3時にはTFP。
 
 
 
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 茶系の花のみ、白は無い、青山FM東急東横。
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 ピオニー シャクヤク。
 
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変化への対応   小浜島のカラムシ。フドウシイ(竹)

■2017年4月20日(木)

 
 本日、上京。東京都内麹町のJFMA事務所、松島義幸さん。花の日持ち関係の現状の打合せ等。会津若松市内のサクラは8分咲き。柳津虚空蔵尊は咲き始め。
 
 明日(21日)午後、葛西市場TFPにて花の勉強会(40分報告する)。夜の交流会は千葉幕張にて行われ参加する。
 
 22日は千葉県内の切り花生産者視察。午後に東京ビッグサイトのフラワードリーム展示会視察。
 今日の未明(午前1時)より明日報告するPPT(発表スライド原稿)を作った。
■ 農業市場学会誌が100号。本年度の大会は7月1日・2日に岩手大学。
 
 
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■ 4月14日にファーマーズカフェ大芦家で開催された須田雅子さんのカラムシに関する報告会で、沖縄県の小浜島のカラムシ(苧麻)について紹介されていた2002年の展示会図書。昨日まで届いて昨夜から読んでいる。
 
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  持つ竹はフドウシイ(竹)という。からむし繊維をしごく、という。台湾島のように竹を割ってその透き間にカラムシ外皮を入れてしごく、ことと同意なのだろうか?
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  須田雅子さん撮影。
 
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台湾のカラムシを剥ぐ道具。竹で作る。2016年11月、菅家博昭撮影。
 
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 baunay 撮影
 
 
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2017年4月19日 (水)

会津の和紙:出ヶ原 izu-ga-hara 紙。西会津町

■2017年4月19日(水) 雨、強風

 
 昨日に亡くなった小野川本村の親戚宅に「カオダシ」、焼香。数日内に葬儀。
 
 昨日やりのこしたかすみ草ハウスでの作業。灌水、籾殻燻炭を植え穴マルチ(置く)。
 通路マット(不織布)を敷き、青いパオパオ(不織布)を掛けた。
 
 冬の道路除雪作業で貯めた雪の山をバックホーでダンプに積み川にすてる作業が続いている。境ノ沢圃場への道路除雪、坂の上圃場、道路があいた。
 
 
 
今年は残雪70cm。連休明けから作業。なかなか堅い雪で溶けない。
 森のかすみ草  → カスミソウ作業はじまる
 
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■今日の作業が終了し、西会津町にある西会津国際芸術村(廃校)で、出ヶ原(いずがはら)和紙の展示を見た。近世・江戸時代、会津藩のもと、カジ、コウゾで和紙を漉いた。紙漉き。現在は行われていない。山形県の芸工大卒、この4月から着任された池田さんという女性の説明を聞く。
 
 
 *
 
 5月下旬、精神の北、の丸山芳子さんらがここで展示会を行う。昨年は喜多方市内にて行われ2年続けて、参加した。5月27日に予定されているワークショップは予定があり参加できないので、制作中の5月25日の午後に表敬訪問する予定。
 
 → 西会津 国際芸術村    →FB
 
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 昭和村大岐の自宅前。
 
 
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 青いパオパオで被覆(防霜、乾燥防止)。
 
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 西会津町 国際芸術村(廃校利用施設)
 
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 森を漉く(すく)  出ヶ原紙(いずがはら紙)
 
 
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  カジ・コウゾの樹皮、あるいはアサ類などの繊維を取り出す「を・ひき・台」ではないか?
 
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 キニレ(のりうつぎ)
 
 
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■昨年のこと。
2016年6月11日 山形市内のリノベーション施設を見る。
 
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形市内七日町のトンガリビル

土っ子 田島ファーム

■2017年4月19日(水)

 
 本日は、午前に、昨日に定植tei-shokuしたかすみ草苗に、水をやり、植え穴に籾殻燻炭momi-gara kun-tan を置く。
 
 その後、不織布のパオパオを被覆する。
 
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 午後は会津若松。
 
■昨日、南会津町田島の田部の湯田浩仁・江美さん宅に訪問した。(株)土っ子田島ファームを息子さん夫妻とともに運営している。
 4月22日・23日と東京ビッグサイトでのフラワー・ドリームに出展される。現在切り花のカラー見本と、そして農産加工品の味噌等を販売する。同じ時期に都内八王子の催事でも出展されるため、人手不足ということで、洋子さんがビッグサイトの売り子として手伝うこととなった。22日は朝4時に会津田島を自動車で出発し、23日の23時ころに帰郷される。
 その物販の打合せが昨日に、あった。
 
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  新しい施設を建てていた。
 
 
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 トルコギキョウ、カラー等の栽培ハウス。
 昭和村の隣りの田島田部(南会津町)。すっかり雪は無くなっている。
 
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 花は都内の卸(世田谷花き市場・東日本板橋花き市場)を通じて販売しているが、そこから仕入れている顧客向けに今年の出荷時期・栽培品種をまとめた冊子を作成していた。顧客事に宛名を印刷して小売業の仕入れに役立つように配慮されている。生産規模(販売規模)は、農協の生産部会などよりも大きく、首都圏の夏秋期の銘柄産地となっている。なおフラワードリームの会場では、新しい白いトルコギキョウ(ミヨシ育成)のプロモーション冊子も、配布されるようです。 
 彼らはトルコギキョウ(切り花)の収穫は午前2時~日の出まで。暗黒のなかでヘッドランプをつけて行い、従業員・パートさんが出勤される8時には、調整作業が行えるように作業体系を組んでいる。
 福島県内で私(菅家)と湯田浩仁さんがMPS(ABC)に参加している。環境に刃配慮した農業を目指すためのオランダの認証(ラベル)。
 → MPS 
  土っ子田島ファームの味噌は、都内の福島屋(羽村本店、六本木、秋葉原等)でも販売されています。
 
 
■ 2000年に来日され国内各地(福島県会津、徳島県、沖縄県等)で染め物、織物、編組品の研究・体験をされた台湾の馬芬妹(ま・ふんまい)さん。
 このたび来日され、1ヶ月ほど国内を歩かれます。
 奥会津には4月下旬から連休までの1週間、三島町・昭和村に滞在します。台湾藍の現状、特に、原料植物を複数特定し、それを栽培化した功績は大きいのですが、2016年に台北市で開催した徳島の藍と台湾の藍の交流展、、、藍をめぐる現状について40分、会津坂下町塔寺ふくしま本の森の隣接施設の「やはたコミュニティセンター」(立木観音北)で、話していただきます。
 後半は台湾の先住民族のからむし(ツーマ・苧麻)の現況と、未来の在り方についても私が質問をする形で解説していただきます。→ 4月30日の会津学研究会例会が確定しました
 
■6月20日(火)午後1時より、5時20分、日本フローラルマーケティング協会JFMAのセミナーが計画されている。新生JFMA、日本花き業界の課題、、、(仮題)で準備が進められている(4月11日の理事会)。
 
 日本政府が進めようとしている「花のJAS」「花の日持ち」。一方で世界の産地・流通の様相も変化をしてきている。花の輸出入のトライアルの評価。
 
■ アジアで最大の切り花市場である大田花き(東京)。この現況については2年前の2015年11月から予兆があり、昨年も安値が継続している。新しい考え方で、自らの生産物をとらえなおし、販売先との連携を図らないと、低迷のままの一年となっていく。「関係価値」(阿部健一氏)が鍵概念であり、しかし何もかも行うことは難しく、トレードオフを考えながら、対応していく必要がある。 過去のデータで事業を組み立て、復興予算で先行投資した事業体(生産者)から倒産していく時代になった。 めざすべきは「小さな農家」「家族経営」が世界中での鍵概念となっている。4月21日のTFPでの私の報告は、それを実現するために、どのような合理的な栽培管理・採花後管理をしていけばよいのか?また現状の業界の姿は、本来のあるべき姿なのか?等を再考していただくことを願っている。 → 磯村信夫社長が今週に書いたコラム。
 
 日本の花き市場では、価格が前年、二年前、五年前より安い市況が1月から続いている※。切花においては、冠婚葬祭、仏花に頼りすぎていた為に、菊類の相場が安いと、切花全体の相場が安くなる。
 
■4月17日の東京市場のカーネーション(赤色)の入荷量は7万本。価格(中値)は1本83円で前年を36%下回った。 →カーネ「母の日」高値 輸入、国産とも入荷不安定 東京市場

2017年4月18日 (火)

かすみ草:エクセレンスの定植(無加温促成)

■4月18日(火)雨、強風

 
 大岐の自宅東(対岸)のハウス内にかすみ草苗を定植した。16時まで。
 ビニルマルチは施肥し昨年にセットしておいたもの。
 雪の重さで土は締まり、ビニルマルチは伸びている。
 
 
 
 
■ 日本の花き市場では、価格が前年、二年前、五年前より安い市況が1月から続いている→今年1月から切り花は安値が続く。
 
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  岩下圃場 籾殻クンタン散布後の様子
 
 
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  滝谷川  雪どけ水。
 
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  マルチカッター
 
 
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  かすみ草を植える。定植(tei-shoku)
 
 
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   16時に終了。明日は灌水し、植え穴に籾殻クンタンを置く(マルチ、除草効果、地温抑制等)
 
 
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  柳津町大成沢 博士沢 の架橋
 
 

復興補助金による先行投資が、もたらす破産・倒産

■ 今朝の福島民報新聞。福島県の復興補助金を受け、その先行投資が負担となり倒産した。


 福島県の復興事業による農業施設の建設も多くなっており、切り花生産も、
 同様の事態が多発すると思われる。

 先行投資は、身の丈にあう規模が必要。
 
 
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4月下旬の予定(4/30会津学研究会例会)

■2017年4月18日(火) 雨 

 
 会津盆地では16日と17日の高温・晴天でサクラ 桜の開花がはじまった。が、昨夜より雨・気温低下。
 
 昨日に再建したパイプハウスの中に、本日は、11時より、かすみ草を定植する。
 午前中は会津田島の湯田浩仁さん宅を訪問し週末の東京ビッグサイト催事について打ち合わせする(洋子さん参加)。

 また、昨夜、台湾の馬(ま)さんから電子メールがあり、ほぼ来村日程の詳細が確定した。

 須田雅子さんの卒論報告会(ファーマーズカフェ大芦家)で、情報に接し、かつてお会いした沖縄県宮古島市の岩本大輔さんにメールを送り、苧麻資料について先日に返事がありました。2016年に改訂版が出版されたそうです。資料が届き次第、こちらからも資料を送付します。
 台湾の輪状式原始機と類似のものを見せていただいたのが宮古島で、岩本さんです。2013年2月の沖縄県宮古の織物文化シンポジウム。その後3年、福井大学の東村純子さんの研究論文を経て、2016年11月にようやく台湾での輪状式腰機を実見できました。




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 かすみ草 エクセレンスのポットピンチ(摘芯)苗。4月15日着。馴化中。18日定植。


■ 4月21日(金) 午後、東京都内葛西kasai 市場内、TFPにて花の学習会(トルコギキョウ生産者交流会等合同)。40分報告(菅家博昭)。夜は千葉県幕張での交流会。
 
 4月22日(土)フクカエン種苗の松永亮さんの自動車にて千葉県内花栽培農家視察。

 東京ビッグサイト フラワードリーム2017(23日まで)。

 
 4月26日午前・午後、昭和村下中津川・昭和村公民館にて、駒止湿原保護協議会総会(昭和村文化財保護審議会委員長として役員会から総会出席)。

 4月27日夕方、ファーマーズカフェ大芦家にてなかよしバンド練習(6/3公演)。
 
 4月28日~5月4日 台湾より馬藍さん(馬芬妹さん)来村。奥会津書房の遠藤由美子さんと応接。

 4月30日(日)午後1時30分、会津坂下町塔寺 立木観音北隣接のやはたコミセンにて会津学研究会例会(ふくしま本の森隣接)。
 馬芬妹(ま・ふんまい)さんによる台湾藍の取り組み(仮題)、菅家博昭・洋子との対談(台湾のからむし(苧麻)に学ぶこと(仮題))。公開講座・無料でどなたでも参加できます。事前申込不要ですが、主催事務局は奥会津書房0241-52-3580 遠藤由美子さん。



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2017年4月17日 (月)

今年はじめてのハウス1棟目建てる


■2017年4月17日(月)曇り、午後風、夜雨。


 午前9時から午後3時30分、自宅前のパイプハウス1棟(36m・20ケン)を再建した。今年の1棟目。除雪し、籾殻クンタン散布融雪。午後、風が強くなる。
 
 夕方4時、奥会津書房の遠藤由美子さんと30日の会津学研究会例会内容を少し変更することとなった。40分程度、台湾藍のことを馬さんに話していただく。その後、私を含めて対談型式で、台湾に学ぶ生活工芸・生活文化(からむし 苧麻)というような内容で行うこととなった。

 18時、会津若松市内で、なかよしバンドメンバー等での懇親会。4月27日より練習。6月3日に演奏会(ファーマーズカフェ大芦家)、7月22日からむし織りの里フェアのステージでも演奏依頼があり検討中。
 
 
■明日は、今日建てたハウスに、かすみ草極早生品種のエクセレンス(ダンジガー世界発売品種、スミカ扱い)を定植する。
 
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  4月6日、除雪。
 
 
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  4月8日 クンタン散布(融雪) 自家製籾殻をムシヤキ。


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約10日で雪は溶けた。ビニルマルチは昨年秋に設置。
 
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例会終える(会津学研究会)

■2017年4月17日(月)

 
 本日は午前9時から12時まで、大岐の除雪した圃場でパイプハウス再建の作業予定。午後からは雨の予定のため、移動。18時より会津若松市内でなかよしバンド等の年1回の懇談会(会食)があるので出席する。6月3日にファーマーズカフェ大芦家で演奏会が予定されている。
 
 4月21日に東京都内葛西市場のTFP(東京フラワー・ポート花市場)で開催される花の学習会より依頼され40分の報告をする。生産者が切り花の日持ち管理を行う意味と目的について、奥会津のかすみ草の1984年からの事例報告を行う。33年間の栽培課程のなかで、特に2000年以降のJFMA(日本フローラルマーケティング協会)とJELFA(エルフシステム)の海外花産業視察は、日本での取り組みを進める上で事例研究としては最適であった。それを日本の生産集団で取り入れる意味や手段、方法について考えたいと思います。
 卸市場の立場では東日本板橋花き(市場)の樋口博紀さんが、小売りでは生花店の大坂さんが報告されます。
 21日夜の幕張のホテルでの交流会にも参加します。
 この数日で、この21日報告のPPTを作成する予定です。
 
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■ 4月16日(日)午後1時30分より4時、会津坂下(ばんげ)町塔寺 ふくしま・ほんの森の隣接の八幡(やはた)コミュニティセンターで、会津学研究会の例会が開催されました。約20名の参加者がありました。報告いただいたのは

 第1部「台湾苧麻の視察報告」菅家洋子さん
 第2部「懐かしさの源流を求めて~中国/貴州」武藤弘毅さん(会津若松市、三島町内に勤務)
 
 次回は4月30日(日)午後1時30分から3時、<馬 芬妹(ま ふんまい)さん来日報告会のご案内>
 場所:会津坂下町八幡コミュニティセンター
 馬さんは、台湾での苧麻研修をサポートしてくださった藍染研究家で、国立台湾手工芸研究所の専任教授を経て、現在は台湾国内に藍染の技術を定着させる活動を行っている。4月末から日本各地で研修される合間を縫って講義の時間をとってくださった。(事務局 奥会津書房遠藤さん)※参加無料です。どなたでもご参加お待ちしています。
問合せ:奥会津書房 0241-52-3580
 
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 報告後、台湾のタイヤル族の王さんが織られた、やわらかい、ふんわりした、伝統的な台湾のからむし(苧麻)布を見ていただいた。
 

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  武藤さんの建物のスケッチ(実測図)。
 
 
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2017年4月16日 (日)

滝谷の畑(アラマチ、オオガノ、ワカバヤシ)

■2017年4月16日(日)

 
 15日(土)は三島町滝谷地内の畑を歩いた。曇り、小雨、雨となり午後からは本降りの雨。2時に名入の山びこにある町史編さん室にK氏を訪ね、打合せ、既存文献等を閲覧した。

 近世後期の奥会津では、先祖調べ(系図書き)が流行し、山ノ内家の家臣である、という認同(アイデンティティ)が形成されるが、その領主支配者層はすでにおらず家臣団のなかから郷頭・名主(肝煎)が実質的な支配をしている。
 しかし幕府・会津藩が交互に支配を行うという、幕府直轄領・預かり地という、上部支配機構がふたつ存在するなかで、なぜ祖先の物語が必要であったのかを考える必要がある。

 今回の滝谷は中世と近世をつなぐ時期に残された歴史に登場してくる。

 また近代から現代のなかで、この4月の調査で、昭和30年11月に亡くなった滝谷山内氏16代目の藤吾郎翁という人の歩み(意志の強さと行動力)に気づいた。

 初代俊政(文禄2年没)、2代俊基(天正17年、摺上原(すりあげはら)合戦戦死)、、、、南山御蔵入騒動での8代目の滝谷組郷頭の吉右衛門豊俊についてのいくつかの記述があるが、16代藤吾郎について記載された文献は無い。


 
 この1週間の滝谷調査で歩いて、畑や道で出会う人話して感じるのは、岩谷城(がんこくじょう、巌谷城とも)と言っていない、ということ。
 「シモダテ」と言う。「下館山」とも言っていない。暮らしの中では「シモダテ」と呼ぶ山となっている。
 駒啼背峠の南尾根は「シモトウゲ(山)」、北尾根は「カミトウゲ(山)」。近世後期に会津藩が編さんした新編会津風土記の檜原村の項目では下峠山、上峠山と表記されている。

 
 シモダテから東に延びる尾根(防御ライン)と、キノバ(木戸場)という道路遮断の場所、そこに至る畑を、考えながら歩いた。
 
 
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  現在の峠、抜けて左がワカバヤシ、右に迂回して水田地帯の上滝谷地区。 
 
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 上滝谷の崩落。中世後期、弘治元年の地震による、といわれている。
 滝谷は、この地震から物語ははじまっている。
 
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 上(ウワ)滝谷の水田   

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 ワカバヤシの桐。
 
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 オオガノ(大我野)。火野、焼畑を奥会津ではカノと呼ぶ。
 
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畑の人に話を聞いてみる。
 
昨年のビニルマルチを剥ぐ、畑仕事をされていた。話しをうかがった。電動カートで坂道を移動して通っている。20分動いて10分腰掛けて休んでいる、という。90歳。
 
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 ワカバヤシ 
 
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  アサヅキ(山菜)。土手にある。取った跡。  
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 木を伐っていた人がいたので、近づいて話しかけると常廣さんだった。周囲の土地の呼び名などいろいろ聞き、教えていただいた。
 
 
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 アラマチ(新町)の畑から見下ろす滝谷集落。
 
 
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後方左の山・岩壁がシモダテ(岩谷城)  。右の青い屋根の家(もとは茅葺き)が山ノ内氏居宅。松が植えられている。
 中央から右に登る道が旧道で、アラマチ、オオガノ、ワカバヤシ、上滝谷(水田)と続く。
 
 
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  集落南部にも山がある。
 
 
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  昭和9年に建てた石碑。明治27年に上滝谷の堰組合。
 
 
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 井戸跡
 
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西方の山内為之輔先生の筆写した資料。
 
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 藤吾郎の筆跡。
 
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昭和8年 せがれ藤四郎が写す。俊政十六代孫 山ノ内俊舜 主  (藤吾郎)
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 大成沢の博士沢の架橋工事。
 
 
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 大岐のタカバタケ、角畑の除雪。雪が堅いので午後に除雪(軟化してから)。
 
 現在の雪は、日中でも長靴で歩くことができる。カンジキは不要。かなりしまった雪。
 
 
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  クリノキを伐採した。
 
 
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   トビとドットコ。
 
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 昨夜、ツバメは玄関に泊まった、という。
 
 
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 かすみ草 エクセレンス(極早生、大輪種)
 
 
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  フキノトウの酢の物

2017年4月15日 (土)

滝谷 巌谷城(岩谷城)の踏査


■2017年4月15日(土)


 
 本日は、昼頃に昭和村大岐。かすみ草苗が来るので仮植作業。
 
 
■ 4月14日(金)晴れ。三島町滝谷の調査。金竜寺並びの土蔵が1棟が解体作業。夕方に五十嵐光栄さんに詳細をうかがった。
 昼すぎに、「シモダテ(下館)」に登攀した。急傾斜の岩石路で、登るのにかなり時間がかかった。山頂平坦部にはスギが植林されているが、1本針葉樹があり、その脇に石碑があるのを確認した。
 昭和50年ころに山頂部のスギは1回伐採したようで、光栄さんは伐採前のスギのケンチのために一度登ったことがある、という。お寺の所有になっている、ということだった。
 
 五十嵐栄さんにも話しをうかがったが、山頂には井戸があるが、杉の木などで埋まってしまった、と語られる。
 
 
■ 18時よりファーマーズカフェ大芦家で、大芦に住む須田雅子さんの報告会があった。『苧麻をめぐる物語』。優れた調査報告でした。事象をいかに見るか、そしてインタビュー。よい言葉を採録された。大芦家主催で行われたため、参加者もたいへん多かった。佐藤孝雄さんにも感謝です。
 
 
 
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  シモダテ。巌谷(岩谷)城。山頂より右側(東側)が旧街道。

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 シモダテの山頂より南東方向の上滝谷地区の圃場
 
 
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 シモダテの山頂より北方向。JR滝谷駅のある柳津町中野。
 
 
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針葉樹(モミノキか?)の脇に石碑。
 
 
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 岩谷城俊政之城跡

 十六代孫 俊舜 建

 基礎部にはコンクリートで固定している。




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  石碑、針葉樹(モミノキ?)その隣り、写真中央部のくぼみが井戸跡か?
 
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   滝谷集落。中央の針葉樹の左の青い屋根の家が近世の郷頭を勤めた山ノ内宅。
   中世後期戦国時代に山ノ内俊政が会津横田より来て、2代目の俊基が磐梯町・猪苗代町の摺上原で蘆名家中として伊達政宗軍と戦って破れた。
 角田伊一氏は『福島県の中世城館跡』193頁で、天正17年(1589)の摺上原の戦いで俊基は家臣47人と共に討死している、としている。 
 若い人たちが従軍したものだろう。
 
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 大成沢の架橋工事(博士沢)。
 
 
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■ファーマーズカフェ大芦家での報告会。須田雅子さん。
 
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 ミミガイ。これでブー(苧麻、からむし)を挽く。
 
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 外皮1枚の、茎部(内側)よりミミガイの刃を当て、外皮(表皮)を浮かせる。
 
 奥会津昭和村の場合の「ソヒカワ取り(祖皮取り)」に似た技法。
 
 
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  小浜島内の ブー(苧麻)の畑。庭にあり花壇のような造り。藍も育てている。
 コンクリートの強度試験に使われた円筒状のテストピースで囲われている。
 
 
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  このカラムシ畑(苧麻)が適正規模。暮らしのなか生かされるための「すてきな植物」となる。産業化への道は伝統を見失うもので、暮らしの、近くで生きるためには、小浜島のからむし栽培は未来の在り方を示していた。
 須田雅子さんの2年間にわたる昭和村と沖縄の島々でのフィールドワークは、とてもよい未来像を示していた(菅家博昭)。
 
 
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大枝沢天狗神社、12日祭礼。
 
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 4月12日の朝6時30分より、道付け(階段)、ハタカケが行われた。  
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2017年4月14日 (金)

何かしなくてはいけないが 何もしないという悪循環ではいけない。滝谷山ノ内16代藤吾郎翁のまなざし

■2017年4月14日(金)


 昨日は雨、雪の日でした。
 かすみ草部会の総会が開催されました。洋子さんが出席して、帰宅後、話しを聞きました。
 全農福島の花担当だった中島さんが退職され、新しく福田さんという方が着任されたそうです。また村長が入院しているために昭和村副村長(県庁から出向されている)が代理で挨拶、柳津町長も挨拶されたそうです。
 かすみ草部会は昭和村・柳津町・三島町に会員がいます。
 金山普及所も大河内氏が転出され、小林祐一氏が着任されました。

   → 台湾からむし旅の最終回  (4/16会津学研究会例会で報告)

 
      → yuma taru     動画(原語)


 私は三島町集落誌調査を継続しています。

 今夜18時、ファーマーズカフェ大芦家で須田雅子さんの卒論報告会があります。静岡等からも聴講者が来られます。10名程度。
 16日の午後1時30分、会津坂下町塔寺の本の森の隣りにあるコミセンで、会津学研究会例会があります。昨日、報告者の武藤氏から電話があり中国の建築調査の報告内容について1時間でお願いしました。残りの時間は台湾からむし報告となります。

 
■ 昨日の夕方は、JFMA専務理事-MPS社長の松島義幸さんから長い電話がありました。21日の午後、葛西市場TFPでの花の勉強会には、花の国日本協議会の会議があり参加できないが、夜の交流会(幕張)には参加する、とのことでした。22日ビッグサイトJFTDフラワードリーム展示会には行く、ということでした。今年の日持ち認証事業の内容について、課題点をうかがいました。
 

 
■ 磐梯町入倉に、山ノ内俊基之墓を建てたのは、三島町滝谷の滝谷山ノ内氏の子孫の16代目、藤吾郎という人(明治11年ころの生まれと推定、1878)でした。
 藤吾郎は、65歳の昭和18年(1943)の春から、350年も前に戦争(伊達と蘆名の摺上原の戦い)で亡くなった2代目の俊基の戦没地を7年かけて探しだし、昭和25年4月8日に供養の法要を現地で行っています。藤吾郎72歳です。祖先の戦没後361年ほど経過しています。思い立った動機、なぜこれだけ戦死者の供養に執着したのでしょうか?時代背景として、銃後のものの役割・義務でしょうか?

 そして8代目の山ノ内豊俊こと吉右衛門(郷頭)の頌徳碑につながる碑文の撰文を西方の山ノ内為之輔博士に依頼し昭和26年に出来上がります。

 昭和30年3月、藤吾郎は自費出版で、山ノ内為之輔『享保時代郷頭 山ノ内吉右衛門伝』を発刊します。このとき藤吾郎77歳です。この冊子3頁に(現存77歳)と書かれています。
 
 その後、昭和36年、滝谷金竜寺参道脇に吉右衛門の頌徳碑が建立されます。裏面の建立者(寄付により建てられたので芳名録)には藤吾郎の記載はありません。分家の山ノ内氏の名のみです。

 こうした経過のなかで、入倉に石碑を建て、滝谷岩谷(がんこく)城の山頂に石碑を建てたと思われます。こちらには16代孫俊舜と記銘があります。藤吾郎は俊舜でしょうか?入倉には記銘がありません。なぜでしょうか?

  まず、同時代資料で探してみることとし、昭和25年4月の新聞記事で、磐梯町入倉地区での供養祭が掲載されていないかどうか?そしてそこのことを知っている人(入倉地区、滝谷地区)を探し出して調べる、ことをはじめます。

■できること、できないことが、時代状況により異なります。何かしなくてはいけないが 何もしないという悪循環ではいけない。

 
■三島町の月刊の広報誌の5月号(町史編纂だより16)の原稿、浅岐2-新道峠について書いて、編纂室のKさん宛に送りました。
 
 昭和村の広報誌の6月号の原稿も、未明から書きました。
 
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 宇高良哲編『南光坊天海関係文書集』(青史出版、2016年10月刊、1万円)  

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  山ノ内吉右衛門の著述について、大塚実『私の会津史 7』(2002年)に書かれている。山ノ内為之輔の前掲書の論考を参照している。
 三島町史編纂室のKさんから、会津藩の学者・横田俊益による滝谷・檜原の山ノ内氏についての論考(天正山内記等)も、参照されたい、と連絡があった。
 
 
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2017年4月13日 (木)

かすみ草の記事

■4月13日の日本農業新聞に掲載されている、とマツヤマサンが送ってくれたもの。

 
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■ MPS認証取得 → 島根県立農林大学校 
 
 

2017年4月12日 (水)

滝谷城主山ノ内俊基、1589 天正17年6月5日、磐梯山麓摺上原で死す


■2017年4月12日(水) 小雨 強風 寒い

 
 会津図書館で文献調査。1589 天正17年6月5日、磐梯山麓摺上原で伊達政宗軍と戦闘し蘆名軍 滝谷城主山ノ内俊基、死す。
 
 耶麻郡磐梯町で現地踏査。入倉地区の水田地帯にある「山ノ内俊基之墓」の探索。磐越西線入倉踏切の北側の農道脇に残された場所の丘上にあった。
 
 裏面には「瀧谷岩谷城主 摂津守 十六代 孫 建」。

 脇に五輪塔3基。

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 明日(13日)も調査の継続。

 建立者と建立時期が不明である。
 
 滝谷地区の寺参道階段北に建つ山ノ内吉右衛門の頌徳碑が昭和36年である。

 
 『三島町史』の編纂委員長は山内為之輔博士(出版刊行時には故人)で、為之輔が著述した『享保時代郷頭 山ノ内吉右衛門伝』を昭和30年に山ノ内藤五郎(滝谷居平473)の発刊している。碑文が撰文されている。これは頌徳碑に重なるもので、祖先の顕彰が行われたのがこの時期。

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 斉藤哲子著『河沼郡柳津町 中野村の出来事』(2010年)31頁では、岩谷城踏査により碑文の拓本を取り「岩谷城俊政之城跡」、裏面に「十六代孫 俊舜建」と書かれたものであることがわかっている。
 十六代孫というのは共通している。
 
 
 これと同時期に磐梯町入倉踏切近くの山ノ内俊基之墓も建てられたのではないかと推察している。あるいはその前の時期。今後調べる。
 
 4月8日の調査で五十嵐光栄さんから閲覧を許された滝谷の若林茂著『故郷は遠きにありて思うもの』(平成8年正月、八十八歳)によると磐梯町入倉の俊基が亡くなった場所は、同町入倉の田中信詔氏の協力で場所を特定した、という。それまで亡くなった赤留坂という場所を磐梯町で何度も探した、ということが書かれてある。

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■ 4月14日、再調査後、写真。磐梯町入倉地区、入倉踏切の近く。
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 『三島町史』
 ↓現在4月10日撮影
 
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  滝谷の顕彰碑
 
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 奥の中央が滝谷岩谷城(巌谷城)
 

The Lumineers:プチパール研究会:水害常襲地

■2017年4月12日(水)

 
 12日~14日と、日中は集落誌調査(4月8日より続く。農作業がはじまるので集中調査)。

 奥会津の中近世の村落形成の在り方を考える時、共通点がいくつかあるが、そのひとつが支配拠点(大庄屋・大割元・郷頭)を置く場所が水害常襲地である。
 現在の調査の三島町の場合、近世大谷組16ヶ村は大谷村に郷頭宅を置く(郷頭宅は水没しない高台)、近世初期慶長4年の奥会津の186ヶ村支配の大割元(大庄屋)が置かれた滝谷村、近世は滝谷組15ヶ村の支配拠点が幕末まで置かれたが、ここも水害常襲地である。滝谷村に至っては河岸段丘上の散居が河川沿いに下がって街路を形成している。
 現昭和村の野尻村も野尻組9ヶ村の郷頭宅がおかれ、ここも洪水常襲地で、その河川の下端である。

 郷頭が置かれる集落はその主河川の河口近くである。そしてその河川名が郷頭村名の呼称となる。中津河郷は野尻郷に変更される。

 縄文時代の奥会津の情況にも似て、中期の集落が高台に形成され、それが後期・晩期には河川近くの平坦地に下りてくる(河川に近づく)。
 
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■昨夜の会津若松でのプチパール研究会。8名。千葉県南房総市の金井園芸の出荷規格の検証(事例研究)をした。現状では日本最大面積栽培の金井園芸の冬春作出荷を受けて夏秋に継続出荷できるような体制を組む。

   →金井園芸
 
 草花類の風合を維持するため葉を残す、結束部の葉は除去する(水浸かり部は品質維持の点からも葉取りする)。ニオイ抑制前処理(クリザールSC30倍液)を行う。
 出荷規格は栽培特性を生かすため原則 60cm、50cm、40cmとしセンチ表示とする。
 入本数は適宜検討する(エルフバケット出荷)。

 
 栽培はフラワーネット2段・3段張り。
 切り前は出荷時期により最長花持ちを確保できる切り前にする。
 販売にあたっては「プチパール」とし、かすみ草としない。
 かすみ草とすると、かすみ草の価格変動に連動してしまう。
 安定中値販売。
 
 プチパール研究会のニュースレターを会員内に配布(世界の栽培規模と日本の現状等)

 
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スペインのチピオナ村(かすみ草栽培村)のプチパール 
with Petite from Flores los Rizos in Chipiona
 
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■ 昨夜のプチパール研究会で話題となったルミナーズ
 

 
 

2017年4月11日 (火)

中川井(大登)の碑

■2017年4月11日(火)曇りのち雨


 午前8時 三島町内の調査。大登の中川井ほ場整備碑(明治39年~40年)。建碑は昭和年代。
 

 
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大登 橋本
 
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  三島町川井 かすみ草ハウス
 
 
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  西方
 
 
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昭和44年6月13日開店   
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2017年4月10日 (月)

今週は調査週、夜は会合有り

■2017年4月10日(月) 晴れ


 今週の日中は、三島町内で集落誌調査がある。
 明日の午前も滝谷地区(宮下)。
 
 11日18時30分、会津若松市内の神明通りのタイ料理店ハジャイにて、セレクタ社の小縣氏と懇談。7名。かすみ草プチパールの世界の作付動向を聞く。会津域内のプチパール栽培者。
 
 12日(水)午前6時30分、博士山大枝沢天狗神社祭礼のハタカケ。これは父・清一に出てもらうこととした。新年度・4月からの大岐世話役は亨氏。
 
 13日(木)午前10時、かすみ草部会総会(洋子さん出席)。
 
 14日(金)午後6時、ファーマーズカフェ大芦家。須田雅子さん卒論(苧麻)報告会。

 15日(土)かすみ草苗入荷日。
 
 16日(日)13時30分、会津坂下町塔寺、ほんの森前のコミセン。会津学研究会例会。
 
 
■ 10日、あいたで播種(1)。後日もまた蒔く。
 
 
■ 地名調査の原図から清書。明日に誤り等の補正をいただく。
 
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 水田。1976年、耕地整理前。
 国土地理院航空写真
 2004年撮影(下)
 
 
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 2014年4月12日、大岐の博士山大枝沢天狗神社祭礼
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滝谷の春 川は雪どけ水

■ 4月10日(月) 晴れ

 
 
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 柳津町大野 白い飯豊山が見える
 
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   雪どけ時のみ水が流れる滝。
 
   滝谷
 
 
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  右岸に水路を設け、中央で水車を設置、ベルトで製材
 
 
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  その後、ディーゼルエンジン、電気力等で製材
 
 
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2017年4月 9日 (日)

聞いたことのまとめ

■4月9日(日)雨

  → 台湾からむし3(森のかすみ草)   →4/16会津学研究会でも報告します

 

 8日の午後に2時間、聞いた話を、まとめるのに翌9日の23時までの一日かかった。6000文字(A4版で4頁)。集落近傍への鉄道路線の開業等、社会環境の変化、天災の時期の他資料による裏付け。
 
 再度、不明な点を書き出し、次回に話しをうかがう。
 午後、三島町史編纂室の担当のK氏と電話でやりとりし、近代資料の一部を送付してもらう。製材所の装置に関するもの。大正時代に河川水力を水車で利用する事例は養蚕の繭からの糸の取り出し等で、各集落でみられたが、それが製材にも応用されていく。
 その後、エンジン式、戦後に電気利用と変化している。
 
 鉄道路線の延伸、関東大震災への復興、戦後の首都戦災地の復興へのスギ材の伐採、河川流送、製材、貨車での輸送、、、そうした首都の建築を支える仕事がみえる。
 水害が日常にある河川沿いの低地集落。河川を利用した産業、製材業への転換。
 先日訪問した四国とくしま木頭に似た木材の事業地である。
 
 
■畑作物で「やたらなっぱ」というものがある。
 
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三島町荒屋敷遺跡の遠賀川系土器(弥生時代)

■2017年4月9日(日) 雨

 
 
 明日は、通院日。
 
 
■ 4月発刊の雑誌が弥生時代の特集をしている。
 
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   三島町荒屋敷遺跡出土 搬入された遠賀川系土器
   植物遺存体が多く確認された。
 
 
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  搬入は荒屋敷のみ、、、、
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  アワ栽培、、、、台湾のアワの事例(↓)
 
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紡錘車
 
 
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鶴見市場駅追突事故と三島町滝谷の関係

■ → 神奈川県横浜市 鶴見区ぶらり絵日記 2007年8月15日の記事より

  鶴見市場駅追突事故
 昭和19年12月26日、午後8時20分、東京急行電鉄(現在の京浜急行)鶴見市場駅構内にて木造列車の追突事故が発生した。停車中の上り列車の後方より、上り品川行の列車が時速50mにて激突。後方列車の前輪は停車列車に25mほど乗り上げ、停車列車の3両目は右側に転覆大破、死者53人重軽傷者46人を出す大惨事となった。原因は後方列車の1両目の運転機械が故障したため、運転手(当時18歳)が車掌(当時19歳)を1両目に移し、2両目の運転台にて操縦していたことによる。灯火管制下、視野のきかないまま車庫入れを急ぐ運転手と、先頭車両の車掌との間に連絡がつくはずもなかった。このような後部車両による運転は当時しばしば見られ、加えて乗務員による信号安全の合図も励行されていない状況であった。当時の新聞でも「この事故は偶発的ではない」と糾弾されている。
 これほどの列車事故にもかかわらず、その記録は驚くほど少ない。『京急の駅 今昔・昭和の面影』『京浜急行百年史』には若干の記述があるものの、『鶴見区史』には巻末の年表にわずか一行。『環境・災害・事故の事典』(丸善株式会社出版)には、1874年以来270件近く載せられている国内の鉄道事故の年表に載せられていないのだ。
 戦争末期の灯火管制下、人員不足を象徴するような年若い運転手が引き起こした事故は、多くの悲惨な戦災に埋もれ忘れ去られてしまった。
(左:昭和19年12月28日、朝日新聞全国版(裏面)。事故は発生から2日後に新聞掲載された。紙面全体がすべて戦争記事であり、鉄道事故は裏面の下である。右:同日、朝日新聞神奈川版。「国防国体の活躍、事故処理に絶大な力」「物をいった氏名証、死亡食止めに衛生隊の功績」の文字が目立つ。) 
 
 
■ この列車事故で、滝谷出身の大竹正衛氏が亡くなっている(『至誠の人 目黒常衛翁の生涯と事業』(1992年))。昭和19年12月28日と記されているが、26日の午後8時20分の事故である(79頁)。
 大正12年、正衛氏の父・重俉氏ら7人で、滝谷に製材所・精米所を創設した。これは昭和19年12月31日に焼失している。滝谷川の水流を利用した水車を動力とした。
 4月8日午後の聞き取り調査にて。
 
 
 
 

後藤捷一の木頭タフ(阿波太布)調査

■2017年4月9日(日)


 調査した人と、それに応えて太布について語った人を調べている。

 
 昨日、「日本の古本屋」というポータルサイト経由で注文した本が2冊届いた。
 4月4日にとくしま木頭出原の太布庵で見たねずみ色(灰色)の表紙の本『無形の民俗資料記録第20集 紡織習俗 Ⅰ 新潟県・徳島県』(文化庁文化財保護部、昭和50年・1975年3月刊)は、内容は国土地理協会から発刊されている赤い表紙の『民俗資料選集3 紡織習俗 Ⅰ 』(1975年5月刊)と同じ。
 調査は昭和37年度(1962)に徳島県文化財専門委員 後藤捷一(しょういち)。
 調査は1962年(昭和37)に行われた。 
 聞き取り調査は、原料植物については安岡岩樹氏(75歳)が話し、紡織については岡田ヲチヨ氏(74歳)、榊野アサ女氏(72歳)の2名から話しを聞いている。(※アサ女は誤りで正しくはアサという。木頭の玄番真紀子氏から4/8の教示)

 

 
 近畿民俗学会編『阿波木頭民俗誌』(1958年・昭和33年3月刊、大阪市東淀川区三国本町58稜霄文庫刊行会 後藤捷一 発行)
 優れた民俗誌である。
 口絵の太布(タフ)製品の角袋の注記をみると、後藤捷一蒐(しゅう)集品、後藤捷一家伝来品、徳島県名東郡国府町早淵 後藤捷一家伝来品(夜具入)、木頭で蒐集したもの(弁当入)などとある。
 また角袋で穀物運搬の荷造(21頁)で2種の用い方(平地、急坂地)。
 角袋はほとんど穀類運搬用であるが、阿波藍全盛時代には はこば・りんごみ・ちりば・どすごみの洗浄用にも使用された(179頁)。

 太布については後藤捷一の調査・視点が鍵となっているようで、彼について調べてみると以下のようである。評伝が私家版で出ている。また蔵書が四国大学に所蔵されている。前述の2冊の執筆のための、調査取材ノートがあるかどうか、興味深い。
 
 『阿波木頭民俗誌』は昭和31年1月1日から4日、翌32年4月3日から6日まで行われている。この時の後藤捷一の行動記録(ノート・写真類)が一次記録となると思われる。
 
 祖谷太布については喜多郷美、逸名の2名から聞いている(167頁)。
 ヒュウジ(苧麻、カラムシ)の記述があり、カジノキ・アサとともに用いた(170頁)。
 
 木頭太布については北川の西ヨシ(68)、折宇の折上ヒサオ(74)、同 西川トキ(67)、出原の松葉シナ(46)。原料採取では元中内の人久保定一(60)、川島の戸田嘉蔵(85)から話を聞いている(170頁)。
 
 
 
 
 染織書誌学研究家後藤捷一は、肝腫瘍のため9月17日大阪市淀川区の東淀川病院で死去した。享年88。1982(明治25)年1月2日徳島市に生まれた。1909年、徳島県立工業学校を卒業、直ちに大阪に出て染料の研究を始める。染織関係の業界誌を編集する一方、染織を主体にした文献を収集し、『日本染織譜』など数多くの文献を残し、晩年には約70年にわたって集めた資料や文献を整理、室町時代から明治中期までの計671点からなる『日本染織文献總覧』をまとめた。また、藍の研究でも著名で、特に阿波藍の研究では第一人者であった。
主要著書
染料植物譜 高尾書店 昭和12年
同上 複刻 はくおう社 昭和47年
日本染織譜 東峰出版 昭和39年
日本染織文献總覧 染織と生活社 昭和55年

出 典:『日本美術年鑑』昭和56年版(264頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
 
 
■ → 後藤捷一
 
 
染織史・郷土史研究家(1892~1980年9月17日)
明治25年(1892)、徳島県生まれ。徳島工業学校染織科卒業。小学校、技芸女学校教員の後、大阪に出て染織・染料の雑誌を編集。大正12年、澤田四郎作 と知りあった頃から郷土研究に関心をもち、阿波の地域史研究をすすめる。昭和9年に大阪民俗談話会(のちの近畿民俗学会)に参加。また戦前・戦後にわたって大阪史談会を主催し、『郷土史談』『大阪史談』を発行。昭和28(1953)年、三木文庫主事。三木家の修史と藍の研究を進める。
後藤氏の旧蔵書(阿波に関する地方史料および国文学関係資料など約17000点)は、没後、四国大学附属図書館(徳島市)に寄贈され、「凌霄文庫」として公開されている。
おもな著作
『染料植物譜』(1937)
『絵具染料商工史』(1938)
『江戸時代染色技術に関する文献解題」日本植物染研究所,1940.1
『稲葉通竜と其著書」大阪史談会,1941
『郷土史談 第4編.吉野川筋用水存寄申上書」大阪史談会,1942
『郷土史談 第5編 (後藤尚豊雑稿)」陵霄舎,1944
『郷土史談 第6編 (飯尾常房考)」大阪史談会,1951
『郷土史談 第7編 (探墓掃苔録)」大阪史談会,1953
『郷土史談 第8編 (阿波の十郎兵衛)」大阪史談会,1954
『細川成之略傳」丈六寺顕彰会,1960.12
『古書に見る近世日本の染織」大阪史談会,1963
『日本染織譜 家蔵版」東峰出版,1964.9
『日本染織文献総覧』染織と生活社(1980)
編纂
『摂州崇禅寺馬場敵討縁起」編.崇禅寺,1932
『染料植物譜」山川隆平共編.高尾書店,1937
『郷土史談 第2編.一ノ谷戦記」編. 後藤捷一,1938
『世界染色史料集成」原田石四郎共編.後藤捷一,1942.4
『郷土史談 第11編 (慈雲院道空細川成之伝)」編.大阪史談会,1959
『郷土史談 第12編 (祖谷山日記)」編.大阪史談会,1962
『郷土史談 第14編 (阿波の芭蕉句碑略考)」編.大阪史談会,1966
『郷土史談 第10編 (有賀長伯阿波日記外篇)」編.大阪史談会,1967
『後藤捷一大人著述目録」岩村武勇編.後藤捷一先生祝寿記念会,1969
『木綿麻日記 校注」松月堂心阿著 編.大阪史談会,1970.郷土史談
『染料植物譜」山川隆平共編.民芸織物図鑑刊行会はくおう社 1972
『十七瀬の水泡」編著.大阪史談会,1977.9.郷土史談
『日本伝統織物集成」監修 辻合喜代太郎編纂.日本図書センター,2011.6
四国大学附属図書館
http://www.shikoku-u.ac.jp/tosyokan4.html
社団法人 三木文庫
http://www.mikisangyo.co.jp/bunka/bunko.htm
 

 

学術資料として、また文化財的資料として「凌霄」(徳島出身で藍の研究家、郷土史家として知られた故後藤捷一氏の旧蔵書)、すなわち阿波に関する地方史料および国文学関係資料など1.7万点を所蔵している。 最近この資料の価値が見直され、大きな関心がよせられている。国立国文学研究資料館がマイクロフィルム化済み。現在、附属図書館では「凌霄文庫データベース」の構築を行っている。

 
 
■評伝と思われる本がある。→ 吉川捷子『後藤捷一 八十八年の足跡』 1981年 川崎市で発行。私家本。日本の古本屋で発注。
 
 
 
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加藤幸治「ローカルなコンテクストにおける民具の理解に向けて 四国・那賀川上流地域の天秤機を事例に」では、 
2003年8月、阿波太布製造技法保存伝承会の中川清会長ら15名から聞いている。
 
 太布では仕事着や袋などに仕立てられる。
 ワッパ袋(弁当袋)
 ツノ袋またはモジ袋(山仕事の道具入れ)
 仕事着、穀物袋、畳の縁。
 阿波三盆糖の黒蜜を搾り出す袋布(60頁)
 60頁の明治30年に鳥居龍蔵と玉置繁雄が民族誌学的調査をおこなっている(鳥居1953)としているが、これは引用文献をそのまま記載したようで、誤りで、調査が行われたのは明治34年である。
 
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■森本孝編、田村善次郎・宮本千晴監修 『あるく みる きく双書 宮本常一とあるいた昭和の日本 21 織物と染物』(農文教、2011年8月)
 
 昭和42年2月 野生植物の皮を編む(木綿以前) 宮本常一
 
 昭和51年11月 阿波藍小話 後藤捷一
 
 昭和57年6月 木の布・草の布 竹内結子

2017年4月 8日 (土)

雪どけ水、出る

■2017年4月8日(土) 曇り・小雨

 
 
 雪どけが進む。家の前の滝谷川は水量が増している。
 
 促成栽培のハウスを建てる場所の除雪が終わったので、自家製の籾殻クンタンを散布した(家向)。積雪は1m。昨夜、ツバメが玄関で泊まったようだ、という。糞が少し落ちていた。
 
 午後2~4時、三島町滝谷地区の集落誌調査で1件の家を訪問し、明治から現在までの4世代の生業を聞いた。
 
 そのなかで出てきたことについて会津図書館に行き(18時)、文献で話の内容の事実関係を確認した。
 
 
 
 
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  春の雪どけ水。4月末まで続く。
  冬・夏に水は少ない。
  雪国の川は春の雪どけ水による川の大きさとなっている。
 
 
  滝谷川上流
 
 
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 かすみ草ハウス建設予定地。昨年秋に解体している(雪から守るため)。
 
 
 除雪後、籾殻クンタンを散布(3袋)。
 
 
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   4月6日に仮植したかすみ草苗。
 
 
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  訪問した滝谷地区の家で。駒啼瀬峠の畑で栽培されたジャガイモ。奥様は西会津町から来た、という。
 
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  滝谷川と滝谷集落
 
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  滝谷
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  山ノ内吉右衛門顕彰碑(階段の中段左)
 
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  会津図書館
 
 
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市村一雄編『切り花の日持ち技術』(農文協、2017年3月刊)

■ つくばの花き研究所の市村所長の編による本が出版された。

 市村一雄編『切り花の日持ち技術 60品目の切り前と品質保持』。
 表紙カバーの見返し写真が昭和村のかすみ草です。
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 目次
Ⅰ 日持ちガイドの実際
Ⅰ-①
アイリス/アジサイ/アルストロメリア/カーネーション/ガーベラ/カラー/カンパニュラ/キク/キンギョソウ/キンセンカ/グラジオラス/クルクマ/グロリオサ/ケイトウ/コデマリ/シャクヤク/シュッコンカスミソウ/スイートピー/スターチスシヌアータ/ストック/ダリア/チューリップ/デルフィニウム/トルコギキョウ/ニホンスイセン/ハイブリッドスターチス/バラ/パンジー/ビブルナム/ヒペリカム/ヒマワリ/フリージア/ブルースター/ユリ類(オリエンタルハイブリッド系とLAハイブリッド系)/ラナンキュラス/リンドウ
Ⅰ-②
アスター/アスチルベ/アネモネ/オンシジウム/カトレア/コスモス/コチョウラン/サクラ/サンダーソニア/シュッコンアスター/シンビジウム/スカビオサ/ストレリチア/ソリダゴ/ダイアンサス/デンドロビウムファレノプシス(デンファレ)/ハナショウブ/ハナモモ/ブバルディア/ブプレウルム/ブルーレースフラワー/ホワイトレースフラワー/マーガレット/ユキヤナギ
Ⅱ 品質管理の基礎
1.花の寿命と切り花が観賞価値を失う原因
(1)エチレン
(2)切り花の水揚げの悪化に関わる原因
(3)糖質
(4)花弁の発色不良と退色
2.栽培と切り花の日持ち
(1)栽培時の環境条件と日持ち
(2)栽培方法・肥培管理と切り花の日持ち
3.品質保持剤
(1)品質保持剤の種類と含まれる成分
(2)前処理剤
(3)輸送用品質保持剤
(4)小売用品質保持剤
(5)消費者用品質保持剤
4.予冷・輸送
(1)予冷
(2)保管
(3)切り花の輸送方法
(4)湿式輸送の品質保持効果
付録 日持ち試験の方法
品質保持剤一覧
 
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鳥居龍蔵『ある老学徒の手記』(岩波文庫、2013年) 阿波の木頭 訪問年次の誤り

■2017年4月8日(土)

 本日は三島町集落誌の聞き取り調査。

 午後は滝谷地区(2時~)。

■ 4月4日~5日、その後に購入した関連書籍の中味が正しいのかどうか、同時代資料を含め、木頭訪問の日時等を確認した(7日)。

 
 
■ 徳島市生まれの人類学者・鳥居龍蔵(1870-1953)。岩波文庫より『ある老学徒の手記』が刊行されている。晩年の昭和27年に書かれたものである。翌年1月に82歳で死去している。本書はその年に朝日新聞社より出版されたものの文庫版である。
 
 
 台湾調査時代(115頁~142頁)、阿波の木頭(143~144頁)がある。
 
 『ある老学徒の手記』の143頁では明治30年の夏、木頭を鳥居龍蔵、東京帝国大学の人類学教室室員の玉置繁雄の2名が東京から神戸経由で徳島を訪ねている、となっている。巻末の年表もそうなっている。
 しかし、同行した玉置の詳細な報告は『東京人類学雑誌190号』(明治35年1月)に「阿波国木頭山土俗」として掲載され、調査はその前年の明治34年となっている。したがって鳥居龍蔵の自伝の記載は記憶の誤りで、同行した玉置の記録明治34年8月が正しいと思われる。
 玉置も徳島県那賀郡中島生まれで、鳥居龍蔵の里帰りに同行した。
 
■ 4月5日に訪問した徳島市八万町向寺山の徳島県立鳥居龍蔵記念博物館より購入した7冊の報告書でも確かめたが、鳥居龍蔵の木頭訪問は明治34年(1901)年となっている。
 
『みんなで学ぼう 鳥居龍蔵』(2011年)26頁の年表。
 
『展示解説』(2011年)16頁の地図。
 
『展示解説 第2集 地図に見る鳥居龍蔵の足跡』(2012年)の20頁。
 
『鳥居龍蔵 世界に広がる知の遺産』(2016年)。
 
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   明治30年× 明治34年○
 
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『鳥居龍蔵 世界に広がる知の遺産』(2016年) 木頭訪問は明治34年
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■福島市在住の高橋八重子さん(1934年生)がまとめた『藍のいのち』(1995年)に「阿波の太布」が掲載されている。初出は『比較文化研究 27号』(1994年)、『同30号』(1995年)、『福島女子短期大学研究紀要25号』(1995年)である。
 
 論文を福島県立図書館で読み、手紙を書くと2月22日着で『藍のいのち』が送られてきた(2月14日付)。2月26日に自宅を訪ね玄関でお礼を申し上げた。
 
 
 
 この高橋八重子論文のなかに『東京人類学雑誌17巻190号』(明治35年1月刊、1902年)の玉置繁雄の論文「阿波国木頭山土俗」が引用されている。
 
 この原著をインターネットで読むことができる。19頁分
 
 
 鳥居龍蔵は明治30年としているが、玉置繁雄は明治34年の8月の帰省での調査としている。8月20日に木頭の出原に着いている。同行は門田氏、荷物人の計4人。
 調査目的は8月21日、22日と宿泊した木頭の宇井ノ内の上地の豪農 丸山松三郎に会い、話しを聞くためのようである。
 また折宇の岡田家の秘蔵の由来一冊も、来歴を示した重要な書であることが記されている。折宇殿富田、また木地屋が筒井より延享三年に来て営む等。(143頁)
 太布については「木頭太布とて名高し もとは専ら村民の着用せしものなるが、現今は木綿と交換して多く綿服を着するなり」(145頁)
 
 

2017年4月 7日 (金)

4/21TFP勉強会、22-23ビッグサイト・フラワードリーム

■2017年4月7日(金) 小雨・曇り


 
 会津図書館等。
 
 午後、TFPの植草氏が来られ、打合せ。40分の報告。
 
 4月21日(金)15時から18時、東京都内葛西市場花き棟4階オークションルームにて第7回東京フラワーポート勉強会が開催される。

 日持ち・品質向上をテーマに生産・卸・販売での取り組み等について報告がある。小売店は千葉県佐倉市の生花店・花の店萌木の大坂純一さん。卸は東日本板橋花きの樋口博紀常務、そしてかすみ草生産者の菅家博昭です。
 トルコギキョウ勉強会との合同開催のようです。
 
 まだ申込は間に合います。ファクスで申し込み(植草氏まで電話でもよい)。

 
 
フラワードリーム2017 in 東京ビッグサイト 東京国際展示場 東2・3ホール
  4月22日(土)13:00~19:00 4月23日(日)10:00~18:00
 入場料1500円(税込) 高校生以下無料【主催】一般社団法人 JFTD

 会津田島の土っ子田島ファームは味噌販売で出展します。
 
■ 私は、フクカエンの松永氏・藤井氏と、4月22日の午前は千葉県旭市の生産農家視察。夕方に東京ビッグサイトへ。
 
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■ 4月11日(火)18時30分、プチパール栽培研究会。会津若松市神明通りハジャイ。会費4000円。(セレクタ社小縣氏・坂下佐藤充氏・大芦佐藤太氏・立川夫妻、菅家博昭・洋子)。7名。
 
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■ 4月13日午前10時、会津よつば農協かすみ草部会総会(昭和村しらかば会館)

 

 
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クサカジ、、、  阿波の太布の文献調査(会津にて) 話者の記録

■2017年4月7日(金) 雨

 
 昨日、駒止湿原保護協議会 会長 南会津町長 大宅宗吉(事務担当 南会津町教育委員会生涯学習課文化財係)より、平成29年度駒止湿原保護協議会総会の開催通知が届いた。
 4月26日(水)午前1時30分より役員会、2時30分より総会。昭和村下中津川住吉415昭和村公民館2階研修室で開催される。
 役員会にははじめて出席する(昨年7月に昭和村文化財保護審議会委員長となったため)。
 
 昨日、カスミソウ仮植作業後の夕方、三島町宮下の奥会津書房に遠藤由美子さんを訪ね、会津学研究会例会日について相談した。4月16日(日)午後1時30分より、会津坂下町八幡コミセンで開催。『ほんの森』の前の施設です。報告者については(武藤弘毅氏の中国建築調査報告で調整予定、日程があわない場合は武藤氏の報告は6月頃とし、菅家らが台湾苧麻の視察報告を行います)。
 

 
■ 昨夜、東京都内の花束加工業の方から、電話があり、卸売市場で、切り花の安値が続いている、という。この価格で生産者はやっていけるのか?という内容でした。
 昼近くに、金山普及所に電話をしました。大河内氏の農業短大への異動にともない小林祐一氏が着任されました。花き日持ち品質管理認証の更新審査についてお話しをしました(JA本名寛之氏にも)。
 
 
 
 
■ 4月3日~4日に徳島県那賀町(旧・木頭村)の太布調査で撮影した写真900枚(うち35mm一眼レフは300枚)をデスクトップパソコンのディスプレイ(ビューア)で1枚ずつ見直した。撮影時には気づかなかった点について、ノートを作成した。
 
 そして手もとにある文献類を読み直し、関係文献を10点ほど「日本の古本屋」で発注した。1958年に近畿民俗学会編『阿波木頭民俗誌』、1961年に刊行された『木頭村誌』(1242頁)、1969年の四手井綱英編『木頭の林業発展と日野家の林業経営』など。
 特に、文化庁がまとめた『無形の民俗文化財記録20 紡織習俗 1 新潟県・徳島県』(1975年)は重要。これは太布庵で宮本常一編の本とともに、大沢会長に教示された。同じ内容のものが『民俗資料選集 紡織習俗Ⅰ』として国土地理協会より発刊されこちらは入手しやすい。
 
 
■ 文化庁文化財保護部編『紡織習俗Ⅰ』(国土地理協会、1975)の159頁から「阿波のタフ紡織習俗 那賀郡木頭村」は、徳島県文化財専門委員の後藤捷一氏による調査報告である。調査は1962年(昭和37)に行われた。
 
 聞き取り調査は、原料植物については安岡岩樹氏(75歳)が話し、紡織については岡田ヲチヨ氏(74歳)、榊野アサ女氏(72歳)の2名から話しを聞いている。
 
 今回訪問した際に、大沢会長が説明されたなかに「榊野アサ女さんからカジ織りを教わったのが、あの方です」と紹介される。また岡田ヲチヨさんが織られた太布も拝見した。
 安岡岩樹氏は調べてみると高知県生まれで25年間、出原で、馬子を専業とされた(阿波学会資料)。優れた話者であった。
 
 
■ 出原に住む安岡岩樹氏(昭和44年当時 81歳)は父、米治につれられて高知県安芸郡から木頭に転住し、23歳から48歳まで約25年の間、馬子を専業としていた(岡田一郎氏の調査) → 昭和44年8月1日から7日まで木頭村で阿波学会の総合学術調査
 
■ 前掲資料『紡織習俗Ⅰ』では、
 阿波の国では、往時、こうぞ(楮)・かじのき・しなのき・藤・麻・ヒュウジ(苧麻)・ツナソ(黄麻・ジュート)などの繊維で織った粗布を総称してタフ(太布)とよんでいた。本来の太布は昔の栲布で、こうぞやかじのきの繊維で作った織布であるが、のちにこれに類似するものもタフと呼ぶようになった。(166頁)
 木頭のタフ(太布)は、原料に こうぞ と かじのき とをおもに用い、
 まま※ツルコウゾ(ふじかずら)や 麻などを使用したこともあるが、
 現在はツルコウゾ、麻は使用しない(169頁)。
 (※この報告者は ままという言葉を使用している)
 こうぞ と かじのき は、山野に自生し、それを採取していたが、
 両者とも製紙材料となるので、タフを製するというよりも、
 製紙原料として販売するほうが利潤があり、
 製紙原料としは、かじのきよりも こうぞのほうが優秀なので、
 こうぞの栽培が行われ、一部はタフとなり、
 大部分が製紙原料として商取引された。
 
 ニカジ ni-kazi  木頭ではこうぞをニカジと呼ぶ。樹皮をはぐ場合に蒸すため、この名が生まれたものと思われる。
 
 クサカジ kusa-kazi かじのきを木頭では、マカジまたはクサカジともいう。
 生木採取の時期は、こうぞと同じように12月から3月ころまでで、
 まま※こうぞと同様に蒸煮する場合もあるが、
 タフは蒸さず、そのまま皮をむくのが普通である。
 生木はこうぞよりもやや大きいものが喜ばれ、刈り取ったものは日当たりのよい場所で乾燥する。
 この乾燥加減は、皮がよくむけるか、むけにくいかに大きな影響があるので、
 乾き加減を見ることが肝要である。
 そして適度に乾いた幹を縦縞になる程度に表皮をざっと古鎌でこすり落とし、膝で押さえたわめて、こうぞの場合とは反対に、
 梢端部から下部に向けてはぐ。
 皮を約一握りぐらいずつ根元から四、五寸のところを共皮でしばり、竿や張縄に陰干しする。
 つぎにカジ殻(皮をはいだカジの幹部)を割ったものや竹のへらですごいて表皮を取り去る。それから手で揉みあるいは、
 足で踏み、または槌で打つなどして、じゅうぶんに皮を柔らげてから、
 績みにかかる。
 この作業をカジヲコナスという。
 
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 木綿との交換(183頁)
 
 明治以降、タフは自家用以外は、全部入山(木頭地区に入ってくる)して来る商人に売却したり、木綿のものと交換した。
 取引の相手は、美馬郡の穴吹町や、名西部の鬼籠野からのきまった商人であった。一反の値段は六〇銭内外で、普通木綿縞と交換する場合はタフに歩がよく、一反について十銭ないし二十銭の追加金があったが、同じ木綿のものでも絣(かすり)などの高級品には、反対に二、三十銭の追加金を出したものである。
 この場合、こうぞ製品は糸が太いので強く、袋用に喜ばれた。
 蒸すと灰色を帯びた淡褐色となったが、カジ製品は糸が細くて色が淡く、美しいので、値段は上位にあったという。
 
 
 袋類(182頁)
 
 往事は山村の人々が、雑穀を運搬するには、必ずタフの袋(タフ袋)を利用し、急坂では荷負棒の上荷として、剣山周辺においてはなくてはならぬ用具のひとつであった。
 
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 中井伊与太・曾木嘉五郎「阿波国祖谷土俗調査」東京人類学雑誌(第12巻第133号・明治30年)には、
 太布に二種有り。一は麻のみにて織るものにして色白く久しきに堪ふ。
 一は麻を経に楮を横に織るものにして、品質粗悪且つ繊維弱し。
 現今祖谷にて織る所の太布はこの様なりとす。
 而して太布に要する第一の原料たる麻は夏日之を刈り取り、大釜にて蒸し柔軟なるを度とし、之を乾し置き、陰暦十月の頃 之を渓水にて晒して、悉く外皮を去り、冬時雪深く戸外に於て労働する能はざる際、糸車にて紡ぎて糸となし、春に至り機にかけて織る。余等が旅行の際、麻の刈入れに着手せし所あり。或いは既に之を蒸して竿にかけて乾せる所もありし。(168頁)
 
 
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『四国連合共進会 出品物申告書』(明治19年5月1日より同31日迄徳島に於て開催せられた折のもの)
 
 木頭の太布 刈り取りたる楮を数十日間干し(略)古鎌を以て掻き堅筋の創(きず)を入れ、以て一本の楮皮三~四枚に取り、二~三日間蔭乾になし、尚ほ日に干す事九日にして、楮の割枝を皮の裏に充て引き、然る時は表黒皮翻し落つ。夫(それ)より又一日程日に乾し、而して能(よ)く揉み柔らげ、後ち通常の苧の如くウミ、之を二日間水に浸し後、紡車にて撚りて綛(かせ)に掛け、干したる後ち灰にて煮る。
 然る後は河水の流れにて能く灰を落し、縮みたる糸を引延ばし、水気を去り、米糠を附着して糸の縮まざるように竿にかけ、重りをなし乾すなり。
 之を綛にかけ尋常の機に仕立て織物とす。
只 異なる所は経糸(たていと)には織毎に布海苔を引き、緯糸(よこいと)は管巻の儘(まま)煮て用ゆ。
凡(およ)そ七~八反を以て一機となす。
 上等の職工は一反半を織る。機械は地機を用ゆ。(169頁)
 
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 (上)この技術の再現が必要。金属器を使用しないで剥ぐ高度な技術(貝殻を使って苧麻(からむし)を製する技法に似ている)。
 
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 文化庁文化財保護部編『紡織習俗Ⅰ』(国土地理協会、1975)の159頁から「阿波のタフ紡織習俗 那賀郡木頭村」より
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以下の本も同じ内容だと思われます(木頭図書館 太布庵)。
 
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  岡田ヲチヨさん(太布庵)
 
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http://www.lib.shimane-u.ac.jp/kiyo/d003/0004/n035.pdf
 
当時,山元の伸買人として素材生産を行なっていた木
頭村の安岡岩樹氏の話によって,昭和恐慌当時の事例を
みてみよう.
 安岡岩樹氏の父は,明治24年に高知県安芸郡から紙漉
きとして入村してきた.その後,大正5年頃から素材の
取り扱いを始め,岩樹氏もその手伝いをしていた.大正
9年頃から和紙が不況となり,そのため紙漉きを止め
て,素材生産に専念することになった.当時,木頭で最
も大きい山元素材業者は,杣夫から身を起したという南
宇の畦内忠次氏で,彼は黒木を対象に素材業を営んでい
たが,安岡氏は,この畦内氏の下請生産を行なっていた
のである.この伸買の過程で,安岡氏は山林20肋を買入
れ,造林をはじめている.
 
 
http://www.lib.shimane-u.ac.jp/kiyo/d003/0002/n037.pdf
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  漆、カジの植付株数   寛永検地(寛永5年,1628)
 
 
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 ■ コウゾ(奥会津ではコウズと発音)、カジの布、太布→ 2月2日の記事
 

2017年4月 6日 (木)

カスミソウ苗の仮植

■2017年4月6日(木) 曇り、小雨

 
 カスミソウ苗の仮植作業。ツバメが2羽、帰ってきた。

       → 森のカスミソウ
 
 福島県立博物館より『遠澤と探幽 会津藩御抱絵師 加藤遠澤の芸術』(1998年)を購入。
 
 
■ 大芦の善信さんがカラムシ生産で、出演されるようです。 → 4月11日BSプレミアム  午前6時30分~ 午前7時00分

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  ツバメは1羽が電線にとまり、もう1羽がその上空を飛ぶ。かなり鳴くので、存在がわかった。
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 ピンチ(摘芯)して仮植した。
 
 
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  ジョウロで水を運び、室温で温めた水にてカスミソウ苗に灌水する(4月中)。根が発根する。
 
 
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  ほ場の除雪。
 
 
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  会津若松市城東町 福島県立博物館
 
 
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施設園芸の談合(排除措置命令)

■2017年4月6日(木)

 
 帰郷し、たまった新聞等に目を通す。
 
 4月4日の福島民報新聞の社会面下部の広告欄に「公正取引委員会の排除措置命令に基づくお知らせ」が愛知県豊橋市のイノチオアグリ株式会社萱生義幸社長名での広告、5日の新聞では愛知県豊橋市の株式会社大仙 鈴木健嗣代表名で同じ内容が掲載されている。宮城県・福島県を施行区域として発注する施設園芸用施設の発注付帯工事について談合をしない、というもの。談合をしていたのは、以下の各社

 井関農機
 イノチオアグリ
 サンキンB&G
 渡辺パイプ
 三菱マヒンドラ農機
 ヤンマーグリーンシステム



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 この数年、パイプハウスが高値となっていたのは談合によるものだったのかと思いました。
 
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宮崎県高千穂のカラムシ(かっぽんたん) ラミー鎌

■ 広報しょうわ 4月1日号の掲載、 連載40号 宮崎県高千穂のカラムシについて。ラミー。かっぽんたん。

 
 
 
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シュロ(棕櫚)の用途(四国とくしま木頭)

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  自生する棕櫚(シュロ)の繊維を編んでいる。刃物カバーである。
 
 
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 太布(カジ織り)の時に、機にかけたタテイトにフノリを付ける道具。手製。
 ワラで作られている。
 このワラは、イナワラ(稲藁)か?、ムギワラ?か、ヒエ(稗)のワラか?は聞きそびれてしまった。山作(やまさく yama-saku、焼畑のこと)地帯なので、畑の植物が多い。
 
 
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   おもし。おもり。
   ござ。
 
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 南宇地区から対岸の和無田を見る。
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徳島生まれ、鳥居龍蔵の仕事(明治~戦前)


■4月5日(水)午前、徳島市内の鳥居龍蔵記念博物館を見た。


 明治34年(1901)に木頭村の調査を行っている。→鳥居龍蔵年表

 
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 明治時代の台湾の民族調査
 
 
 
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 当時の最新鋭のカメラで撮影が行われた。タイヤル族(機織り)↑。ブヌン族↓
 
 
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 森丑之助(台湾)、
 中島藤太郎(明治34年に木頭村の出原、宇井の内から名頃を鳥居龍蔵と歩いている。太布織りの記述も)。福島市の高橋八重子先生の論文(阿波の太布 1990年代の調査)にも紹介されている。
 
 
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 福島県内会津地域にも鳥居龍蔵は来ている。大塚山古墳の発見。
 
 
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 以下、徳島県立博物館
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    木地師の資料。
 
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 徳島県の近世の蜂須賀家の研究者である三宅正浩氏(福島大学准教授、1977年生)は、『岩波講座 日本歴史 第11巻』(2014年)の巻首の「江戸幕府の政治構造」を同時代資料で書いている。
 
 三宅正浩『近世大名家の政治秩序』(校倉書房、2014年)に近世蜂須賀家の課程博士論文(京都大学大学院研究科より2008年に学位授与)。
 書状や日記等の一次史料を用いてより豊かに当時の実態を描く段階へと進展と(略)史料が如何にして伝来したのかという視点からの分析が前提として必要であろう(22頁)。
 

2017年4月 5日 (水)

明日午前中は、かすみ草試作苗の仮植作業。

新幹線は宇都宮駅を通過。あと少しで郡山駅、そこから自動車。明日午前中はかすみ草作業。雪はまだまだある。室内。

クサカジ

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 図書館ロビー展示

カラムシはメカキをしますか?

■4月4日。


 コウゾは、1週間から10日間に一度芽掻きをして枝を付けないようにして1本の幹を育てる。カラムシはメカキをしますか?
 
 
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    コウゾの芽欠き 8月
 
 
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  平成21年10月8日 徳島新聞。からむし織姫。舟木容子さん。

 太布庵内に貼ってあった。
 

昔は、なんでも、ワラで作った(ふのりつけ) 太布織

■ 4月4日調査。


 昔はなんでも、ワラで作った、という。道具。
 太布織のとき、縦糸にフノリ(海藻)を付けながら織る。
 
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 コウゾ

 竜の髭 深きに腰を 下ろしけり アイコ
 
 
 鮎のことを「アイ」と発音する、という。
 
 
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 龍 tatsu,ryu  の ひげ

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 太布となる原料 加工されたコウゾ
 
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 コウゾの畑 
 
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   カヤ
 
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  二カジの場所   
 
 
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  コウゾの内芯。焚き付け用。
 
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   ここで水に浸け、河原で寒気にあてる。

 昔は、畑の土の上で行った、という。
 
 
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  サクラ。  

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改良窯とクサカジ(太布 kusa-kazi).ヒュウジ(苧麻、カラムシ)

■2017年4月5日(水)

 
 本日の午後、四国から本州島に渡る。
 
 
■ 4月4日(火)晴天、気温上がる。徳島県内の西部山間地のサクラも咲きだす(3分咲)。午前8時30分に高知県香美市側から四つ足峠(トンネル)を越え徳島県那賀町に。トンネル内の入口で工事のため、かなり時間を待つ。旗を振っている交通整理の指示を待つ。赤い旗は進行禁止、白い旗が通行可能。
 トンネル内の進行方向の左側走行路の舗装の補修が行われていた。これ以降、無人の2灯式縦型の信号(赤の時は進入禁止で表示されている数値が減数され0になると緑色点灯となり通行ができる)が、落石工事場所等に多く設置されている。
 
 午前9時から午後1時30分まで、木頭地区の炭焼き、太布に関する現場(畑、川、蒸し場、太布庵)を見学する。関係者の皆さんには本当にいろいろと教えていただきました。ありがとうございました。
 サクラが咲はじめ、陽光も春のものでした。
 その後、レンタカーで移動し、徳島市に午後6時ころに着く。
 
 
 
■ 「ヒュウジ hyuzi を山から採ってきて出すと男の学生服になって戻ってきた」と中山アイ子さんが語った。戦時中(第2次世界大戦)のことで記憶している、という。ヒュウジとは苧麻(カラムシ)の土地の呼び名である。
 
 
 阿波太布製造技術保存伝承会の大沢善和会長(木頭図書館館長)は、「ヒョウジ hyozi」と発話される。文献ではアサ、カラムシなどを含む繊維植物の総称で、カジは含まれないとする。
 
 
 カジノキーーークサカジ(加工の手法)、コカジ(葉が小さい)、マカジ(ほんとうのカジ)
 
 ヒメコウゾ
 コウゾ(アカソ、アオソ)ーーー二カジ(煮カジ、加工の方法)
 の4種から植物繊維を取り出していた。あるいは紙を漉く原料ともしている。
 
 
 
 生木から外皮を取り出し繊維取り出しに向かう「クサカジ」と呼ぶものと、大きな鉄製の窯と背の高い木桶で蒸す「二カジ(煮カジ)」のふたつの技法がある。あるいはこれ以外の技法があったのかもしれない。
 
 作業呼称にはすべて「カジ」で呼ぶ。カジカリ(刈り)、カジ蒸し、、、、等。
 
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■ 木頭 北川地区 → 山川空のがっこう
 
 
 
 
 
 
 
 
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 四つ足峠トンネル 高知県側
 
 
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   木頭 北川
 
 
 
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  カヤ(ススキ)を敷く。ユズ畑?。
 
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 ツヅラカズラの1本で巻く。
 
 
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2017年4月 3日 (月)

高知県・徳島県の県境に到着、明日は木頭 太布庵へ


■2017年4月3日(月)晴れ


 朝、広島県から岡山駅、瀬戸大橋を列車で通過し観音寺駅前でレンタカーを借りて、目的地へ。高速道は19のトンネルで高知南国インター。そこから山岳地帯に移動した。鶯が鳴き、桜が咲き始めた。

 宿に午後5時30分に着き、人気の少ない温泉に入った。明日は四つ足峠(トンネル)から徳島県那賀町木頭地区の太布庵へ。火曜日の公開。
 
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■早めに到着したので県境を越えて木頭地区を少し歩く。



 
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 木頭文化会館近く(和無田)
 
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  生きがい工房 太布庵
 
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   太布  tafu
 
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四国へ

■2017年4月3日(月)


 今日は広島県内から電車で岡山駅まで移動し、四国行きの電車に乗り、途中でレンタカーを借りて走行。明日が阿波太布の作業の公開日。
 
 
■ 4月2日(日)は東北、関東、近畿、中国地方と晴れていた(東京は桜が満開)。広島県内は降雨があり、気温も低い(10度)。
 7時30分の新幹線で上京、乗り換え、広島県内に午後3時ころに到着した。
 東北、東海道山陽と2つの新幹線の車内は混雑している。平和祈念公園の桜は咲はじめたばかり。広島東洋カープが3連戦の最終日は雨、赤い雨具を着用した観客がテレビには映っている。

 ふたつの新幹線とも隣の席に座った男性に話しかけて気まずくなるのもたいへんなので、乗車し着席したときに、「どちらの(駅)まで行かれますか?」とだけ聞いた。
 
 そして、その下車駅が近づくころに、話しかけることにした。

 東京駅から隣に座った男性は、20代。関東地方の生まれ・暮らし(大学)で、卒業して就職、新入社員となり、新人研修が中国四国地方で、1か月間行われる、その目的地に向かっている、という。5月には国内各地にある営業所に配属される、という。それはこの1か月間の研修で決まっていくので、現在はどこの地方に行くかは分からない。四角い薄い土産(菓子折り)をひとつ、40cm四方ほどのスーツケースをひとつ、肩にかけるショルダーバッグをひとつ所持し平服。


 座った席の関係から、「私が荷棚のスーツケースを取りましょう」として、下車し研修に向かう彼を送り出した。
 
 この男性が下車して新しく乗り込み着席した男性は30歳代、新幹線の次の駅で下車する、という。大阪府内生まれ、妻は山陰地方の農家出身。2月にはじめての男の子が生まれた。しかし4月1日から転勤が決まり、新しい赴任先に向かう。四角いカバンをひとつ、スーツ着用。指定席。
 
 国鉄が民営化して分社しいくつかのJRとなり車内の仕組みも異なる。
 
 JR東日本、東北新幹線は、車内に機内誌を座席ごとに置く。月刊誌、車内販売のチラシ、通信販売のカタログの3つが入っている。航空機と同じようにやっている。そして検札には来ない。販売した指定席座席が乗務員が携帯する電子パネル(細いノート)に表示されている、ようだ。販売されていない座席に人が座っていると、切符拝見、、、、と検札する。
 
 しかしJR東海から以西については、新幹線車内はすべて乗務員(車掌)が巡回して、切符を検札していたが、昨年?からそれが無くなった。またJR東海以西の車両には機内誌が無い(グリーン車にはある)。

 そして最大の違いは、JR東日本管内の新幹線は禁煙で、JR東海以西各社は「分煙」で喫煙車両が1両ついている。
 
 昨日も車両を歩き、最後尾の15両目に向かう男女が多い。そして戻ってくるが、通路を通りすぎると衣服についたタバコの煙の臭いがする。
 右前方に着席した女性は、まず前面座席についているテーブルに書かれた喫煙車両番号を確認して、すぐにそこに向かった。しばらくして帰るが、また歩いて喫煙に行くを繰り返す。車両の中央近くなので、行き来するだけでかなりの時間がかかる。
 
 車いすの人も2名(老人)、幼児の乳母車は3台。
 指定席なので、出入口近くに乳幼児を抱えた人は席を予約している。そして子どもが泣き出すと、車両を出てデッキに行き、しばらく時間をすごす。
 
 ふたつ前の席に座っている幼児・男子は、コトバを覚えたばかりで、一生懸命におおきな声で話し続けている。「パパ、朝ですよ、起きてください」とか、知っているコトバを繰り返し話す。それはいつもの家庭内の風景を想起させるやりとりが数時間続いた。

 
■ 

2017年4月 2日 (日)

広島は雨、

午後3時に広島に着きました。雨、です。

雪の墓標 モトコ姉の納骨式

■2017年4月2日(日)


 朝5時発で、郡山。そこより新幹線乗り継ぎで広島県へ。3日は四国に渡り、レンタカーにて4日に徳島県へ。阿波太布の個人調査。植物繊維。
 
■ 昨日、4月1日の13時に隣の亨さんに行政地区の世話役を引き渡した(引継)。
 その後、1時30分に南2軒目隣の自宅での法事に行く。49日と納骨。約40名。積雪は150cmあり、墓地の墓石前を掘り出し、納骨した。
 菅家モトコさん、いつもモトコ姉と呼んでいたが、1月3日に90歳で亡くなった。カラムシ栽培、カラムシ引きを大岐地区で80歳代の最後までやっていた。その畑(夫のカツジ兄)のカラムシの根をわけていただき、我が家のタカバタケの畑に植えている。

 仏壇脇にはモトコ姉がひいたカラムシ繊維の束が「ひとかけ」下げてあって、それに気づいた泰雲寺のお坊様が、いろいろと語られた。

 式が終わり、柳津町西山温泉のせいざん荘に。大岐から自動車で30分の距離。

 参列者の遺族の方の一人が、朝日新聞福島版に連載していた「会津物語」の記事のモトコ姉の記事を知っており、その写しを遺族に配布された、という。この記事は現在、赤坂憲雄編『会津物語』(朝日新聞出版、2015年)の206頁の第86話「吹雪の川歩き」である。
 背終われた幼児こそがモトコ姉で、90年前の大岐で起きた「事件」の記憶。
 
 
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 大岐集落の北側、滝谷川左岸に墓地がある。
 
 
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玉峯院貞順本覚大姉(モトコ姉)。
 
 
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  モトコ姉が引いた(繊維を取り出した)カラムシ
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 河原田宗興氏より資料が届いた。
 
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  大芦赤田の五十嵐善八の筆跡(幕末)。舘岩の麻商人(農家商人)宛に、当地のアサとりまとめについて返答をしている。
 善八はカラムシやアサアキナイ、ゼンマイの集荷販売をしていた。
 戊辰大芦戦争のときに亡くなった加賀藩士小杉半蔵を自家墓地に埋葬し墓碑を建てている。詳細は私がまとめた『会津野尻組の戊辰戦争』(昭和村からむし工芸博物館、2013年)

2017年4月 1日 (土)

阿波太布の里へ(4月4日(火曜)公開日) awa-tafu kazi kouzo

■2017年4月1日(土) 曇り

 関東地方は降雪予報。桜前線は寒さで動かず。
 4月2日(日)に広島県へ。甥が小学校に入学する。
 3日に四国に移動し、レンタカーにて、高知県側から4日(火)は朝に徳島県那珂町木頭地区へ。午前、木頭の和無田の太布庵阿波太布製造技法保存伝承会)を訪問する。阿波太布、コウゾ樹皮の繊維を糸にし織る取り組みを取材する。3月31日にほぼ視察先が確定した。たふ。tafu
  地元では「カジ kazi」と呼ぶ。

 火曜日のみの公開のため、この日の訪問。

楮(こうぞ)は紙にするため奥会津でも栽培していた。コウズと発音する。クズ(葛)はクゾと呼ぶ。

 
 
 
 特に興味を持っているのは、1月11日のフェイスブック記事
 朝日で川面がきらきら輝く中、
 川に一晩浸けたカジ皮を引き上げ河原に広げて干しました。
 今朝は大きな霜の朝。
 朝の冷え込みが楮をより白く、柔らかくします。
 明日もぐっと冷え込みますように。  太布を作り続けることができるのは、
 こうして川も清く美しいから。
 守っていくべきは、太布の製造技法だけでなく、
 美しい川、楮を育てる土、お日様、
 暮らしの中から出てくる雑木の灰、
 米を作る過程での籾殻やヌカ、
 そして人との協働という、
 山里での暮らしそのものだということを太布に関わって学ぶのでした。
 まだまだ修行中でございます。(G)
 
 (FBより転載、写真も)
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■ 4月1日(土)午後1時30分、大岐の新年度の行政地区世話役の亨さん宅にて役務引渡(引継)。2時より大岐の法事に出席(正月に亡くなったモト子姉宅)。
 
 
■ 戊辰戦争の大芦戦争(現在の昭和村大芦)で戦死した佐藤音之助。供養(墓)碑を管理する佐藤孝雄氏。→ファーマーズカフェ大芦家、供養碑が昭和村文化財指定へ。
 
 

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