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2017年4月 2日 (日)

雪の墓標 モトコ姉の納骨式

■2017年4月2日(日)


 朝5時発で、郡山。そこより新幹線乗り継ぎで広島県へ。3日は四国に渡り、レンタカーにて4日に徳島県へ。阿波太布の個人調査。植物繊維。
 
■ 昨日、4月1日の13時に隣の亨さんに行政地区の世話役を引き渡した(引継)。
 その後、1時30分に南2軒目隣の自宅での法事に行く。49日と納骨。約40名。積雪は150cmあり、墓地の墓石前を掘り出し、納骨した。
 菅家モトコさん、いつもモトコ姉と呼んでいたが、1月3日に90歳で亡くなった。カラムシ栽培、カラムシ引きを大岐地区で80歳代の最後までやっていた。その畑(夫のカツジ兄)のカラムシの根をわけていただき、我が家のタカバタケの畑に植えている。

 仏壇脇にはモトコ姉がひいたカラムシ繊維の束が「ひとかけ」下げてあって、それに気づいた泰雲寺のお坊様が、いろいろと語られた。

 式が終わり、柳津町西山温泉のせいざん荘に。大岐から自動車で30分の距離。

 参列者の遺族の方の一人が、朝日新聞福島版に連載していた「会津物語」の記事のモトコ姉の記事を知っており、その写しを遺族に配布された、という。この記事は現在、赤坂憲雄編『会津物語』(朝日新聞出版、2015年)の206頁の第86話「吹雪の川歩き」である。
 背終われた幼児こそがモトコ姉で、90年前の大岐で起きた「事件」の記憶。
 
 
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 大岐集落の北側、滝谷川左岸に墓地がある。
 
 
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玉峯院貞順本覚大姉(モトコ姉)。
 
 
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  モトコ姉が引いた(繊維を取り出した)カラムシ
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 河原田宗興氏より資料が届いた。
 
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  大芦赤田の五十嵐善八の筆跡(幕末)。舘岩の麻商人(農家商人)宛に、当地のアサとりまとめについて返答をしている。
 善八はカラムシやアサアキナイ、ゼンマイの集荷販売をしていた。
 戊辰大芦戦争のときに亡くなった加賀藩士小杉半蔵を自家墓地に埋葬し墓碑を建てている。詳細は私がまとめた『会津野尻組の戊辰戦争』(昭和村からむし工芸博物館、2013年)

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